炎天下で「体はボロボロ」 五輪警備員が語る過酷な長時間労働 「国の一大事業」圧力に?:東京新聞 TOKYO Web

★★★:バランスよく議論できる
★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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ある特定のオピニオンが述べられる
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Jul 29, 2021 10:44 PM
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調査、データ、観察的
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新型コロナウイルス禍の緊急事態宣言下で開催されている東京五輪。その会場で、民間警備員が過酷な労働環境の改善を求めている。長時間労働に猛暑が加わり、健康リスクは高まる一方だ。建設工事でも労働問題が相次いだ五輪。現場にしわ寄せがいく背景に、何があるのか。(木原育子、中山岳)

◆賃金説明もなく、丸2日連続勤務も

東京五輪の警備について語る男性
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「どんな賃金体系になるかの説明もないまま、五輪の警備に突入した。疲れてボロボロですよ」。40代の男性警備員が、東京都内の五輪会場での経験を話した。会場に出入りする車や人の誘導を担当。炎天下で立ち続け、顔や腕は赤黒く日焼けした。
連日30度を超す猛暑で、特にアスファルト上の体感温度はそれをはるかに超える。だが、大会組織委員会から支給される制服は空調装備も付いていない。ただでさえマスクを着けているため呼吸しづらく、ぬらしたハンカチを首に巻いている人もいる。
日なたの担当になったら、水分補給以外に暑さ対策はない。仲間内で時間を決めて交代で休んでしのいだが、「疲れは取れなかった」という。
つらいのは、人手不足で、決められた勤務時間以外にも追加業務を求められることだ。他の従業員に迷惑がかかるなどとされ、丸1日半、丸2日と連続で働く人もいる。休憩所はあるが、横になって寝ることはできず、短い休憩時間に座ったまま仮眠するしかない。「五輪期間中に追加で働いた際の賃金の説明も受けていない。断れる性格の人はまだいいが、断りきれず働かされ続けている人もいる」
追い打ちをかけるのが、新型コロナウイルス感染者数の増加。五輪選手には頻繁にPCR検査が実施されるが、警備員にはない。ワクチンを打ちにいく時間もなく、男性は「不安しかない」と言葉少なだ。
全国から集められた警察官と別に、競技会場や選手村などに配置されている警備員。無観客開催で屋内の仕事が減る一方、交通誘導などは必要な人数がさほど変わらないとされる。関東地方の会場を担当する警備会社の社長は「競技会場によって、警備の負担に差が出ていることは考えられる」と話す。
東京体育館前に設置された暑さ指数を示すボード=東京都渋谷区で
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長時間労働に暑さが加わったとき、心配なのが熱中症だ。東京労働局によると、昨年、職場での熱中症による死傷者は77人を数えた。業種別では、建設業などとともに警備業が多い。寺門健一・主任労働衛生専門官は「五輪でも警備業で熱中症が多発する恐れがあり、事前に対策会議も開いた。引き続き予防対策を徹底していく」と話す。

◆大会時の気温「東京だけ高いわけではない」

日本労働弁護団の嶋崎量弁護士も「世界的、国家的なイベント。開幕直前までこれだけバタバタしたので、過酷な労働環境下で働かされている人が出てきてもおかしくない」と懸念している。
組織委は取材に対し、警備員の長時間労働について「適正な業務割り当てを行った上で適宜休憩時間を挟むなど長時間の労働にならないようシフトを組むなど、法令に則った必要な対応をしている」と回答。暑さ対策に関しては「過去の大会と比べて8月の気温は東京だけが必ずしも高いわけではない。日射の遮蔽と冷却を実施する」などとする指針を示した。

◆事故、熱中症…会場建設時も問題に

警備業界では、スーパーマーケットの警備員が賃金が正当に払われなかったとして2016年に団体交渉で訴えたケースがある。会社側から横浜地裁で訴訟を起こされたが、解決金の支払いなどを認めさせて和解した。
警備員を支援した笹山尚人弁護士は「五輪警備のように何が起こるか分からない場合は、超過勤務になる場合を想定して事前に取り決めをし、労働条件をあらかじめ明示しておくことが必須だ」と説明する。
建設中の国立競技場周辺。多くの労働者が働いていた=2018年、東京都新宿区で(本社ヘリ「おおづる」から)
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東京五輪を巡っては、関連施設の建設でも労働環境が問題になった。2017年3月、国立競技場の建設工事に携わっていた建設会社の男性社員=当時(23)=が自殺。直前の残業は月約190時間に上り、新宿労働基準監督署が同年10月に「極度の長時間労働や業務上のストレスで精神障害を発症、自殺に至った」として労災認定した。
全国建設労働組合総連合(全建総連)によると、18年1月には選手村の建設現場で男性作業員=当時(31)=がクレーンに挟まれて死亡。19年8月には、東京ビッグサイトの改修工事現場で男性作業員=当時(50)=が倒れ、熱中症の疑いで死亡している。

◆国際組織も改善を要求したが…

全建総連は同年、オリ・パラ関連施設の建設現場で働く作業員約40人に聞き取り調査を実施。「空中につり下げられた建築材料を荷下ろしするための適切な人員がいないために、長時間そのままになり、その下で作業員が作業せざるを得なかった」「外国人技能実習生に資材運搬など単純作業ばかりを強いる」といった声が寄せられた。
この調査結果を基に、労働組合の国際組織である国際建設林業労働組合連盟(本部ジュネーブ)は同年5月に報告書をまとめ、改善を要求。組織委や都は、作業員が指摘したような問題を確認できなかったと公表した。
全建総連の勝野圭司書記長は「作業員からは、工期に追い立てられて情報統制が厳しいとの意見も聞かれた。現場では国の威信をかけた事業の工事と強調されるものの、作業員が安全に誇りを持って働ける環境が整備されていたとは言えない。検証が必要だ」と強調する。
1964年の東京五輪でも、開会までの完成を目指した東海道新幹線や首都高など都市インフラの建設工事で死亡事故が相次いだ。全労連の黒沢幸一事務局長は「今回の大会の開会式前にも、ツイッターを通じて組織委のスタッフから『やりがいを感じて働き始めたものの休みが取れず長時間労働に悩んでいる』との相談が来た。その人は結局、退職してしまった」と打ち明ける。

◆「命守るため今からでも中止を」

「五輪は国を挙げての一大イベントで、それに関わる仕事をする人はやりがいを感じることも多い。だが、雇用する側がそうしたやりがいを口実に、労働者に長時間労働を強いるケースもあり、劣悪な労働環境の温床になりがちだ」
コロナ禍で五輪開催が強行され、東京では感染者が急増し、医療が逼迫する懸念も強まっている。黒沢さんは「五輪が開かれていることで、国民の間で感染への警戒心が薄れている」として、こう訴える。
「感染拡大が止まらず医師、看護師、保健師の労働環境は厳しさを増し、飲食・観光業の苦境も続く。今からでも五輪を中止することが多くの人の命と健康を守り、安心して働ける環境を取り戻すことにつながるのでは」

◆デスクメモ テレビに映らない物事を見るべきだ

テレビでアナウンサーの絶叫が響く五輪競技の会場。無観客になってもフェンスで囲まれたままの所もあり、外から中の様子はほとんど見えない。「テレビの中の五輪」なのだと実感するとともに、閑散とした中に立つ警備員が目に入る。画面に映らない物事をよく見なければ。(本)