就職のためにアイデンティティーを失う……日本の就活と性差別 - BBCニュース

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☆☆☆:議論用ではない
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Jan 18, 2021 10:48 PM
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日本の「リクルートスーツ」の決まりは厳しい
日本の学生は、世界で最も過酷で競争が激しく、ストレスの多い就職活動を経験する。数々の厳しい決まりごとが学生たちを縛るこの仕組みの中で、たとえば男女共に着るべきとされる服装も決められている。しかし、こうした制度を批判する声が少しずつ出る中、事態はゆっくりと変わりつつあるのかもしれない。
30代前半の水野さん(フルネームは非公開)は、「自分はシスジェンダー(出生時の身体的性別と性自認が同じ人)でもなければ、トランスジェンダー(出生時の身体的性別と性自認が異なる人)でもない。男性とも女性とも思われなくない。自分はただ、自分なんです」と話す。
水野さんが英語を使う時、自分の人称は女性を示す「she/her」だ。しかし水野さんはノンバイナリー(性自認が男性だけでも、女性だけでもない人)だと自認している。日本語では一人称を「自分」にしているという。
その水野さんも2011年には、就活生の1人だった。日本では新卒者の就職活動は、年間のプロセスがきっちり組み立てられ、決まっている。
その中で就活生は、いわゆる「リクルートスーツ」を着ることになっている。男性はスーツに白いシャツ、落ち着いた色のネクタイ。女性のスーツはウエストを絞ったジャケットにスカート、そして白いブラウスだ。
しかし水野さんにとって、服装をジェンダーで制限されるのは、受け入れがたいことだ。そこで、1950年代に始まったというこの風習に、異論を唱え始めている。
就活の競争は激しい。そのため、学生が就活で成功できるよう、就活支援に特化した産業がまるごと立ち上がり成長したほどだ。
リクルーターや服飾業界は、どういうリクルートスーツを着て、どういう髪型にすべきか、面接中にどういう姿勢で座るべきかに至るまで、こと細かく学生にアドバイスする。
男か女かの二択で決められる枠に自分は当てはまらないと水野さんは感じた
これについて水野さんは、「与えられるガイドラインはすべて、男か女か二択のジェンダー規範に基づいたもので、自分はどちらにも当てはまらないと感じていました」と話す。
「日本では大学を卒業する前に就職先を決めろと教えられるので、とても怖かった」
就活は毎年4月に始まり、8~10月まで続く。この期間に内定を逃すと来年の同じ時期まで待ち、次の学年と競つことになる恐れがある。そして日本ではこれまで、新卒で就職が決まらないのは、いささか恥ずかしいことだと捉えられてきた。
日本の労働文化に詳しい川島久美子教授(豪マコーリー大学)は、「就職浪人は恥ずかしいことだという社会通念があるため、翌年も良い就職ができなくなる場合もある」と指摘した。
「こうした現実があるので、大学教授が最終学年の学生に、講義に出席するより就活に集中しても良いと認めるケースも珍しくない」
水野さんはヒールのない靴にパンツスーツ、ネクタイという出で立ちで、面接に向かってみた。男性ならば普通の就活ルックだが、水野さんはこれでつらい思いをしてしまった。
「とても怖くて、こんなリスクは負えないと思いました。駅のトイレに入ってネクタイを取って、化粧をして、靴をヒールのあるものに履き替えました」
「そうやって服を着替えても、かばんは男子用だったのでまだ怖かった。間違ったかばんを持っているのを、面接官に見とがめられたらどうしようと、恐ろしかった」
それから間もなく、水野さんは就活プロセスからドロップアウトした。
「自分のアイデンティティーを失いかけていると、そう思って、自分を隠すようになってしまった。外に出られなくなって、アパートに3カ月間閉じこもった」
川島教授は、水野さんの体験談は決して意外ではないと話す。
「就活の『専門家』は、エチケットの名の下で、厳格なジェンダー観に基づいた振る舞いを教えます。男性らしさは女性らしさの対極にあり、この二元論の中間や外側には何も存在しないという考え方です」
「良い仕事を見つけるチャンスを逃したくない学生は、求められるままの就活生スタイルを受け入れるしか、ほかにどうしようもなくなっている」
一方で、日本が少しずつ多様性を受け入れようとしている兆しは見えている。
共同通信が昨年行った調査によると、男女別の制服ルールを緩和して性自認に合った服装を認めている公立高は、日本全国で600校超に上る。昨年10月には日本航空(JAL)が、機内や空港での英語アナウンスで使用していた「レディース・アンド・ジェントルメン(紳士淑女の皆様)」という呼びかけを止め、「アテンション・オール・パッセンジャーズ」(乗客のみなさんにお知らせいたします)あるいは「皆様」など、性別を分けない表現に変更すると発表した。
2019年には、葬儀場の服装規定でハイヒールを強制されたことに疑問を感じた石川優実さんが、「#KuToo(クーツー)」というハッシュタグを作り出し、世界的に注目を浴びた。セクハラ被害者を支援する「#MeToo」になぞらえたもので、「靴」と「苦痛」をもじったネーミングだ。
石川さんは当時の取材で、「女性が男性のようにヒールのない靴を履いても悪いマナーだと思われないよう、この活動が常識を変えられればいいと思います」と話していた。
#KuTooが国際的な注目を集めたことで、水野さんは石川さんの通訳者となり、英語での取材に同行するようになった。
石川優実さん
#KuTooの影響に力づけられ、水野さんは似たような考えを持つ人たちに助けてもらい、「Smash #就活セクシズム」という活動を立ち上げた。リクルーターや服飾業界に対し、今までよりも就活する側の多様性を受け入れ、そうした商品を展開するよう呼びかけている。
「たった一言、就活ガイドラインやその下に加えられるだけで、社会が変わります。たとえば『これはガイドラインに過ぎません。他の服装でも大丈夫です』とか」と水野さんは言う。
「なにもかも一気に変えてほしいとは思いませんが、いろいろ工夫して取り組んでいる姿勢を見せてほしいんです」
星賢人さん(26)は、周りと違うことはどういうことか、理解している。自分も差別の被害者で、14歳のころに同性愛を理由にいじめられて学校を退学した経験があるからだ。
しかし、星さんが日本の就活システムを変えようと思ったのは、トランスジェンダーの友人の就活経験を聞いたのがきっかけだった。
「多様性やインクルージョン(包括性)活動について書いていた会社があったので、友人はそこなら自分に合っているかもしれないと、そこを受けてみることにしたんです」
しかしその友人が面接で自分はトランスジェンダーだと話したところ、退出するように言われてしまったという。
「面接官は友人に、『うちにはあなたのような人はいません』と言ったそうです」
東京のプライドイベントで活動する水野さん
この話を聞いた星さんはウェブサイトを立ち上げ、さまざまな企業面接での体験談を募集した。このウェブサイトは後に、日本初のLGBT(性的少数者)向け求職サイト「ジョブレインボー」になった。
「LGBTを含めて、多様な人が働けないような状況は、日本経済にとても悪い影響を与えてしまう。自分は、ウィンウィンの関係を作りたいんです」と星さんは語った。
こうした議論は日本だけのものではない。イギリスに限っても、多様な性自認の人を受け入れようと社会が対応する中で、トイレや学校の制服、パスポートなどさまざまな分野で衝突が起きている。
川島教授は、「日本では就活プロセスが一律に制度化されているので、日本のケースは極端に見えるかも知れませんが、ジェンダーを理由にした似たような偏見は世界中の経済界にあります」と話す。
しかし低い出生率と厳しい移民制限によって、日本の企業は縮小する一方の新卒生を取り合っている。それが、急激な変化につながっているという。
日本経済団体連合会(経団連)は2018年、日本企業が外資系企業と競合できるよう、就活システムを2021年3月以降、これまでの厳格な年間スケジュールで縛らないことを発表した。ただし、従来よりも多様な就活ルックを奨励する動きは、まだ公式には出ていない。
「人口が高齢化し減少する中、日本は競争力の高い若い人材を求めています」と川島教授は説明する。
「企業が採用時とそれ以降、どれだけ多様性を受け入れ、促進するかどうか。これは有能な就活生にとって魅力的な企業であり続けるために、ますます大事な要素になっていきます」
「もっとLGBTフレンドリーになりたいという大企業から、問い合わせがたくさんあります。社会が変わっているのを感じます」
就活時の服装にもっと多様性を認めるよう企業に呼びかける水野さんの活動も、これまでに1万3000筆の署名を集めた。水野さんは、この活動が職を求めるすべての人のためになってほしいと考えている。
「この活動はLGBT+の人たちだけのものではありません。間違っているのは、このジェンダー二元論の方なので」と水野さんは語る。
「それぞれのジェンダーに平等に、あらゆるタイプのスーツを用意してほしい。そうすれば自分のような人やトランスの人、クイアの人たちも、自分たちが間違っているとか、自分が隅に追いやられているとは、思わなくなります」