【徹底調査】過熱する不老物質「NMN」の本当とウソ

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Sep 22, 2021 02:44 PM
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老化・寿命研究の第一人者、米ハーバード大学医学大学院のデビッド・シンクレア教授が、「毎日飲んでいる」と語る「抗老化物質」がある。
NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)。体内で、長寿に関わる酵素、サーチュインを活性化させる効果があるという。
実は日本は、世界でもいち早く、NMNを原料とする商品が生まれた国だ。
現在、インターネット上にはNMN配合商品の広告があふれる。
「若返り効果」をうたう怪しげな「NMN点滴療法」を自由診療で行うクリニックも、都心部を中心に急速に増えつつある。
NewsPicks編集部は、第一線の科学者やNMNを扱う企業に取材するとともに、点滴療法を実施するクリニックへの潜入取材も試みた。
  • 1粒5700円のサプリ
  • 2011年の論文で脚光
  • 長期投与マウスで抗老化作用
  • 初めて報告されたヒトでの効能
  • 生体内にない不純物を含む商品も
  • 点滴クリニックに潜入取材
  • パンフレットにシンクレア教授
  • 点滴用NMNの販売会社は取材拒否
金色のラベルが貼られた小瓶に、60粒のカプセルが入っている。白い粉末が詰まった、一見、何の変哲もないカプセル。
この1瓶の値段は35万円弱、一粒あたりに換算すると約5700円と聞けば、驚く人も多いだろう。
 
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1粒5700円のサプリ

金色のラベルが貼られた小瓶に、60粒のカプセルが入っている。白い粉末が詰まった、一見、何の変哲もないカプセル。
この1瓶の値段は35万円弱、一粒あたりに換算すると約5700円と聞けば、驚く人も多いだろう。
高額の理由はNMNの含有量だ。ミライラボバイオサイエンス(東京都中央区)の商品の中で最も多い量(1粒に150ミリグラム)が入っている。
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NMN商品のパイオニア、ミライラボバイオサイエンスが販売している中で、最も高額のサプリメント(写真:須田桃子)
同社がNMN配合サプリメントを世界に先駆けて発売したのは2015年4月。
その年の1月、抗老化研究の進展を取り上げたNHKの番組で、田中めぐみ社長がNMNについて知り、それが創業のきっかけとなったという。
「99%以上」の純度を誇り、現在はNMN単体、あるいは他の成分と組み合わせたサプリメントや化粧品、ペット用サプリなど20種類以上の商品をECサイトなどで販売している。
実は、NMNは新しく製品化された物質のため、医薬品にあたるのかどうかの扱いがしばらく定まっていなかった。
厚生労働省は20年3月末の食薬区分の改正で、NMNを「医薬品的効能効果」をうたわない限り医薬品とはみなさないとする成分のリストに追加。
これを機にNMNサプリを扱う企業が増えつつあるが、ミライラボ社の国内外のシェアは逆に増えているという。
「最初のスピード感があったからこそ、NMNのマーケットで今も我々がリーディングカンパニーとしてやっていると自負している。40代半ばから80代を中心とした層に人気があり、売り上げは順調に伸びています」(島村大蔵・取締役)
高額な商品も、中国や日本の富裕層で需要があるという。
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東京都内にミライラボ社が構える研究室。NMNが体のさまざまな細胞に与える影響の解析や、相乗効果を発揮する成分の探索などの研究をしている(写真:大隅智洋)

2011年の論文で脚光

NMNは、ビタミンB3を材料に人の体内で作られている成分で、ブロッコリーやアボカド、キャベツ、枝豆などの食べ物にも少量含まれている。
ほんの10年前までほとんど注目されていなかったこの物質に、抗老化作用の可能性を見いだし、主要な研究成果を積み重ねてきたのが、米ワシントン大学の今井眞一郎教授だ。老化研究の世界的権威の一人で、シンクレア教授とも長年の親交がある。
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今井眞一郎・ワシントン大学教授(写真:大隅智洋)
NMNが一躍注目を浴びるきっかけとなったのが、今井教授の研究チームが2011年に発表した1報の論文だった。NMNを2型糖尿病のマウスに投与すると、体内のNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)の量が高まり、症状が劇的に改善したのだ。
これも今井教授らの研究でわかったことだが、NADは、体内で長寿に関わるとされる酵素、サーチュインの“燃料”として働く重要な物質だ。
ちなみにサーチュイン酵素は哺乳類では7種類見つかっているが、その中でもSIRT1(サーティーワン)は、脳をはじめとするさまざまな臓器や組織で、遺伝情報を担うDNAの修復や、遺伝子の働き方の調整など、多岐にわたる働きをしていることがわかっている。
NADは、NMNを材料に細胞内で作られるが、その量は動物が高齢になるほど減少していく。同様のNADの減少は、ヒトでも報告されている。
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長期投与マウスで抗老化作用

“燃料”のNADが減ることで、臓器や組織でサーチュインが果たしていた“仕事”が滞り、それが、老化に伴う身体の機能の衰えや、糖尿病などのさまざまな病気の発症につながるのではないか。
そう仮説を立てた今井教授らは、1年間にわたり、NMNを飲み水に混ぜてマウスに与え、その影響を調べた。生後5カ月から17カ月、人では20代から60代ごろまでにあたる期間だ。
すると、加齢に伴う体重増加、つまり「中年太り」が抑えられ、代謝が活発になった。インスリンの効き目も良くなり、骨密度も増加し、細胞内でエネルギーを作り出すミトコンドリアの機能も高まる──といった、さまざまな抗老化作用が確認できた。
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他の研究チームからも、心不全やアルツハイマー病など、老化に伴う複数の病気がNMNの投与で改善することが、マウスの実験で報告されている。
「少なくともマウスでは、NMNが顕著な抗老化物質として働くことがわかっている」(今井教授)
ではヒトではどうか。

初めて報告されたヒトでの効能

今井教授らは、米国で2017年から女性に経口投与する臨床試験を実施。その結果を先月、米科学誌Scienceで発表した。
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今回の結果をもって「NMNに抗老化作用がある」とは言えないが、NMNのヒトでの効能を示す初めての研究成果となった。
マウスで効能が示されても、ヒトではなかった事例は枚挙にいとまがない。
それを踏まえれば、「ヒトで効能があったこと自体が驚きだ」と今井教授。記者会見では、「これが引き金となって、今後、NMNの可能性がヒトで明らかにされていくだろう」と語った。
昨年10月からは、米国防総省から資金を受け、男女を対象に、投与量を増やした新たな臨床試験を実施しているという。

生体内にない不純物を含む商品も

こうした研究の進捗は、NMNビジネスの過熱に拍車をかけている。
だが、一般消費者向けのNMN配合製品の中には、品質が不確かなものもある。
老化・寿命研究の推進や正しい情報の発信などを目的に昨年設立され、今井教授も理事を務める一般社団法人プロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA、鍋島陽一代表理事)は、国内外の4社のNMN原料について、成分を独自に解析した結果を公表している。
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いずれも95%以上の高い純度だった。4社ともNMN以外にニコチナマイドという物質が不純物として含まれていたものの、これは生体内にもある安全な物質だ。
しかし、香港の1社の原料にはそれ以外に6種類もの不純物が含まれ、うち1種類は生体にあるとは考えにくいものだった。こうした物質をたとえ微量でも長期的に身体に取り込んだ場合、どんな影響があるかは未知数だ。
IRPAは、「純度が高くても不純物が入っている場合がある。利用する場合は、どんな物質が含まれるかを調べたり問い合わせたりすることが大切だ」と注意を呼びかける。

点滴クリニックに潜入取材

IRPAがもう一つ懸念しているのが、NMNを点滴で血中に投与するNMN点滴療法の、日本での急速な広がりだ。
医師法の下での自由診療にあたるが、クリニックではどんな効能が説明されているのか。
実際に体験してみようと、記者は、NMN点滴を行う都内2カ所のクリニックでカウンセリングを受けた。
まず1カ所目は、「抗加齢医療」を標榜するクリニック。最初に見せられたのは、2015年1月に放映されたNHKの番組の2分間のダイジェスト版だった。
冒頭のミライラボ社の事業のきっかけになったのと同じ番組だ。
シンクレア教授がマウスにNMNを投与した画期的な実験結果を解説する場面が終わると、医師が穏やかな口調で説明を続けた。
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「NMNについては世界中で、動物実験だけではなく、ヒトに投与する臨床試験が進められています。いまのところ否定的な結果は全く出ていなくて、がんにも効くかもしれないと言われている。まさに老化を制御し、寿命を延ばす可能性のある物質です」
「ダイエットにも非常にいいと思いますよ。身体の内側に効果があるので、見た目がすごく若返るということはさすがにないですが、お肌のコンディションが良くなったという声はありますね」
点滴は1回約5万円で、NMN100ミリグラムを生理的食塩水とともに投与するという。
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(写真:ponsulak / iStock)
効果の持続期間は?
「人によって違うが2〜3週間くらい。しっかり体調を整えたいということであれば月2回くらい受けるのがよいでしょう。体調が整ってくると効果が長持ちしやすくなる。そうしたらサプリメントに切り替えるのもいいかもしれません」(医師)
クリニックではオリジナルのNMNサプリメントも販売しているが、「点滴の方が、けっこうな量を入れるので効果が出やすい」という。

パンフレットにシンクレア教授

次に訪れたのは美容クリニックだった。
待合室に束で置かれたNMN点滴のパンフレットの表紙には「若返り効果が発見された次世代のアンチエイジング療法」「タイムマシーンのような新療法!」──などの言葉が躍る。
驚いたことには、最初のページにシンクレア教授の名前とコメントが記されている。当然、本人の許可を得た掲載ではないだろう。
次のページには「治療効果の期待できる疾病」として「老化」「神経疾患」「糖尿病」「眼機能」「アルツハイマー病」などが挙げられていた。
「身体の動きが良くなり、体力に自信が持てるようになった」などの患者の感想もある。
診察室での説明も、1カ所目以上に首をかしげる内容だった。
開口一番、「NMNは、実はビタミンB3だ」と言い切った医師は、ヒトでの効果について質問すると、「最初に効果が発見されたのは動物実験だが、もちろん人でも文献が上がっている。糖尿病の回復をもたらす耐糖能の増加とか、目の神経の回復によって視力障害がよくなったことが知られている」と説明。
さらに、「所詮ビタミン剤なので、それぞれの人が薬として使えるほどの大きな効果は残念ながらないが、その分、安全性は非常に高い」と付け加えた。
容量と値段は1カ所目と同じ。NMN点滴の人気は高く、「今日だけでも3人くらい」がすでに受けたという。医師はまた、「点滴用のNMNを扱っている会社は1つしかないので(クリニック間で)若干、取り合いになっている」と明かした。
机の上には、すでに医師が署名済みの「同意書」が置かれている。「今日はカウンセリングだけのつもり」と伝えると、それ以上勧められることはなく、内心ほっとした。

点滴用NMNの販売会社は取材拒否

後日、医師が教えてくれた点滴用NMNを扱っているという東京都内の会社に問い合わせた。しかし、「取材は一律、お断りしている」として、ごく基本的な質問にも答えてもらえなかった。
この会社の製品かは不明だが、取材の過程で、基本的な安全性に関する気になる情報も得た。
点滴用として出回っているNMN製品に、細菌由来の物質であるエンドトキシンの含有量の表示が、注射用水で定められた基準値の3倍近くのものがあるという。静脈に投与した場合、発熱の原因となる恐れのある物質だ。
しかし両クリニックでは、起こりうる副作用として点滴による血管の痛みがあると説明されただけで、発熱のリスクについての言及はなかった。
何より、NMNのヒトでの効能については、まだ最初の臨床研究の結果が報告されたばかりだ。しかし、クリニックでなされたような説明を受ければ、幅広い効能を信じて受ける人も多いだろう。(もちろん、「NMNはビタミンB3」というのも間違いだ)
医薬品や医薬部外品、化粧品などの効能に関する虚偽または誇大な広告は、医薬品医療機器法(薬機法)により規制されている。パンフレットやクリニックのウェブサイト上にあるNMN点滴の説明の中には、誇大広告にあたるのでは、と思われる表現も多い。
前出の今井教授も、NMN点滴の横行に強い懸念を示す。
「NMNを点滴で血中に投与することでどんな効果が得られるかは、人ではもちろん、マウスですら全く検討されていない。医学的根拠のない療法です。高濃度のNMNがいきなり血中を巡ること自体が、深刻な副作用を起こすリスクもあります」
科学の地道な歩みに先行して押し寄せる、商業化の大きな波。
NMNを取り巻く状況は、虚実が入り交じる不老ビジネスの”今”を、象徴しているようにも見える。
取材・執筆:須田桃子デザイン:黒田早希取材:冨岡久美子、小西健太郎リサーチ:李じゅうりん