米、再燃する人種差別への抗議デモ 警察改革は実現するのか?|アメリカ大統領選挙2020|NHK NEWS WEB

★★★:バランスよく議論できる
★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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Oct 4, 2020 10:03 PM
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再び起きた悲劇

中西部ウィスコンシン州の人口10万人の町、ケノーシャ。ミシガン湖に面する自然の美しいこの町で8月23日、悲劇が起きた。 黒人男性のジェイコブ・ブレークさんが白人の警察官に背後から7回の銃撃を受け、一時重体となったのだ。
警察は、家庭内でトラブルが起きたという通報を受けて現場に急行したとしているが、黒人のジョージ・フロイドさんが警察官に押さえつけられて死亡した事件を想起させる出来事に、全米で抗議デモが再燃。ケノーシャではデモ参加者の一部が暴徒化し、放火や略奪も起きた。

政治家どうしの激しい応酬

こうした事態にトランプ大統領と、野党・民主党の大統領候補、バイデン氏の対応は、真っ二つに分かれた。 トランプ大統領は、「法と秩序」を掲げて警察を擁護する姿勢を鮮明にしたが、バイデン氏は人種差別の解消に努める考えを強調した。
トランプ大統領・3日、ペンシルベニア州での演説 「バイデン氏は、極左の暴徒が警察官などを攻撃し商店を焼き打ちするのを黙認してきた。バイデン氏は国内テロリストに譲歩しているようだが、私は彼らを逮捕し訴追する」
バイデン氏・3日、ケノーシャを訪問して男性の家族らと面会 「トランプ大統領は差別的な感情を正当化している。私が大統領になったら、警察や人権活動家などによる問題解決のための組織を設ける」

高まる人種差別問題への関心

11月3日の大統領選挙が刻一刻と迫る中、有権者のこの問題への関心も高まっている。 世論調査会社のギャラップによると、「国が直面する最も重要な問題は何か?」という問いかけに、「人種差別」と答える人の割合が大幅に増えている。
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5月までは1桁台だったが、ジョージ・フロイドさん死亡事件(5月25日)を境に2桁台になっている。

クローズアップされる“警察改革”

人種差別の問題解決に向けて、今、アメリカで活発に議論されているのが、黒人に対する差別が構造的に残っていると指摘される警察の改革だ。 “警察改革”と言っても、警察組織そのものの解体や予算削減を訴える動きから、警察官への教育の拡充、身柄拘束の際の規則の見直しなどを求める動きまで、その議論の範囲はとても広い。 一部であがっている「警察予算を打ち切れ(Defund the police)」という主張の背景には、黒人を取り締まる側の警察のために割く予算を、黒人などマイノリティーを取り巻く、教育や福祉などの行政サービスの拡充に回すことで、犯罪の背景にある社会問題の解決を図ろうという考えがベースにあるとされる。

両候補が主張する警察改革のポイント

この警察改革に対しても、トランプ大統領とバイデン氏の間の主張は異なる。
「99%の警察官は有能で、すばらしい仕事をしている」と発言。警察の予算削減や組織の解体には強く反対する立場。 6月、警察改革に関する大統領令に署名し、警察官が首を圧迫する拘束手法「チョークホールド」を原則、禁止した。さらに、対応に問題があった警察官の情報のデータベース化、殺傷能力の低い武器の導入、薬物依存者やホームレスなどに対応する際にソーシャルワーカーと連携する方針を盛り込んだ。
警察予算の削減は支持しない立場で、警察の解体を求める一部の動きとは距離を置く。一方で、犯罪予防のためのプログラムへの予算の重点配分を主張。 犯罪自体を減らす取り組みを進める自治体のために200億ドル(日本円にして2兆円余り)の資金を投入する。また、地域に信頼される警察官を教育するプログラムに3億ドル(日本円でおよそ320億円)を投入する。

警察改革は進んだのか?

では、「警察改革」は進んでいるのか?
フロイドさんが死亡した5月下旬以降、一部だが進みつつある、というのが実情だ。 刑事司法に関する専門の報道機関「マーシャル・プロジェクト」によると、フロイドさんの事件発生から3週間のうちに16の州議会で警察に関する法案が提出されたり、法案が通過したりしたという。
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法案には「チョークホールド」の禁止、警察官の不正を調査する独立機関の設立などが盛り込まれた。
さらに、市の単位でも警察改革を進めているところもある。
<事例1 ミネアポリス市> フロイドさんの事件が起きたミネソタ州ミネアポリスの市議会では、警察を解体し、地元に密着した治安部門を設置する決議が6月に全会一致で採択された。現在、具体的な方策について検討が進められている。
<事例2 ニューヨーク市> 全米最大規模の警察組織を持つニューヨーク市は、年間60億ドル(6000億円余り)の警察予算の6分の1にあたる10億ドル(1000億円余り)を削り、教育や福祉に割り当てることを決めた。これによりおよそ1200人の警察官の採用が取りやめに。
ただ、こうして警察改革に取り組んでいる州や市はまだ一部にすぎない。その多くは、知事や市長が民主党だったり、地元議会が民主党が多数派であるところだ。 アメリカの警察は基本的に州や自治体に属しており、連邦レベルでの改革を進めにくいという制度的な事情もある。

遺族が感じる変革の息吹

それでも、“変革”の息吹を感じている人はいる。
ニューヨークに住むエメラルド・ガーナーさん。父親のエリックさんは、6年前(2014年)、違法なたばこを販売した疑いで白人の警察官らに取り押さられた際、首を絞められて死亡した。
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エメラルド・ガーナーさん(左)と父・エリックさん
当時も、全米に抗議デモが広がった。 アメリカ史上初の黒人大統領であるオバマ大統領(当時)も、事件を契機に人種差別の解消を社会に訴えたが、時間とともに、抗議の動きは消えていった。
しかし、エメラルドさんは今回、父親が亡くなった当時とは違う社会の変化を感じている。
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エメラルド・ガーナーさん
「今回は黒人以外の人たちが、ただ見ているだけではなく、私たちと一緒に立ち上がり、自分たちの声で変化を起こそうとしています。人種に関係なく一緒に立ち上がることは重要です。フロイドさんの事件は、多くのアメリカ人にとって目覚めるきっかけになったのだと思います。人々は憤り、もうこれ以上は十分だと思ったのだと思います。そして今こそ本当の変革の時だと考えたのです」
確かに一連の抗議デモには、白人やほかの人種の人たちが大勢、参加している。このことが、6年前とは大きな違いであり、希望を感じている理由なのだと、エメラルドさんは話してくれた。

現場の警察官の声も反映を

一方の警察官たちは、全米に広がる抗議の動きをどんな思いで見つめているのだろう。 ニューヨーク市警の現役警察官、ジョゼフ・インペラトリスさん(35)に話を聞くことができた。
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インペラトリスさんは、「警察官の命も大切だ」という意味の「Blue Lives Matter =(ブルーは警察官の制服の色とされる)」を訴える団体の代表を務めている。「Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)」というBLM運動が広がる中、警察官が、一部の市民から敵対視され、命の危険すら感じていると訴える。
インペラトリスさんは、警察官が拘束の際に残虐な行為をすることは絶対に許されるべきではない、と強調したうえで、次のように語った。
「私のようなイタリア系だろうが、アジア系だろうが、今、警察官の制服を着ていれば、一部の人から標的になっています。私たちのことをひどいことばでののしり、れんがを投げつけてくる人もいます。これは14年間のキャリアの中で最悪の状況です」
さらに、フロイドさんの事件以降、警察官の間では、取締りにためらいが生じていると指摘する。
「今の警察官は、片方の手を後ろで縛られたまま、戦っているような状態です。取締りにあたる際、もしかしたら自分が手錠をかけられるのではないかと心配している。これは決して、いいことではありません」
ニューヨーク市は事件を受け、警察改革として警察予算の6分の1を削減した。 インペラトリスさんは、警察官の人数が減れば、緊急の対応ができなくなる可能性があると指摘。改革を一方的に進めるのではなく、きちんと現場の警察官の声にも耳を傾けてほしいと主張する。
ニューヨーク・タイムズによると、フロイドさんの事件が起きたミネアポリス市では、200人近い警察官が辞職を願い出る事態も起きているという。これはすべての警察官の2割にあたる。 自分たちの意見抜きで改革を進めるな、という警察官の抗議の意志の表れと言えるだろう。

警察は信頼を取り戻せるか

フロイドさんの事件以降、市民は警察を信頼しなくなったと指摘するのは、ニューヨーク市のジョン・ジェイ刑事司法大学のデニス・ケニー教授だ。
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デニス・ケニー教授
「フロイドさんへの対応によって、警察へのイメージは大きく損なわれました。警察が効果的に力を発揮するうえでいちばん大切なのは市民の協力ですが、現在、多くの市民が警察に協力したいと思わなくなっています。今回の社会の混乱が、警察の役割や目的、職務の進め方を再考するきっかけになることを期待します」
一方、ケニー教授によると、警察に寄せられる通報のおよそ10%は、本来業務以外の内容だということで、警察の負担を減らしていくための改革も必要だと指摘する。

終わりに

人種の垣根を越えた抗議デモが続くアメリカ社会を見ると、今度こそ“構造的な人種差別”の解消へとつながってほしいと感じる。 一方で、社会を守ってくれるはずの警察官に、そのエネルギーの一部が、敵意となって向けられている現実もあることを知った。
警察改革の動きは、始まったばかりだ。 アメリカ大統領選挙の選挙戦は、いよいよ本格化しており、共和・民主両陣営の相手への批判は激しさを増している。 差別という“社会の溝”はアメリカだけでなく、私たちの足元にも、さまざまな形で存在する。アメリカの有権者が人種差別の問題をどう議論し、どんなリーダーを選ぶのか、関心を持って見つめていきたい。