ジャレド・ダイアモンドに聞いた「人生いちばんの失敗はなんですか?」 | 【不安な時代を豊かに生き抜くための知恵】 | クーリエ・ジャポン

★★★:バランスよく議論できる
★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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Mar 31, 2020 06:42 AM
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Photo: Yuji Matsumura
世界的大ベストセラーとなった『銃・病原菌・鉄』の著者で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の地理学教授ジャレド・ダイアモンド氏。
2019年末に、旭硝子財団が1992年に創設した地球環境問題の解決に向けて貢献をした個人または組織に対して、その業績を称える地球環境国際賞「ブループラネット賞」を受賞した。
来日した博士に、好奇心を持ち続ける方法を聞いた。

博士の人生最大の失敗

──ジャレド・ダイアモンドさんは1997年に『銃・病原菌・鉄』『セックスはなぜ楽しいか』を上梓されました。『銃・病原菌・鉄』のほうは米国でピュリツァー賞を受賞し、日本でも朝日新聞が2010年に発表した「ゼロ年代の50冊」で1位に選ばれています。1985年には「天才賞」とも呼ばれるマッカーサー・フェローにも選ばれました。 さまざまな分野で成功をおさめられてきたわけですが、ダイアモンドさんにとって人生最大の失敗は何でしたか。
プライベートでは最初の結婚が失敗に終わったことですね。職業の面でも自分が得意でないことを自分の仕事にしようとして失敗したことが何度かあります。26歳のとき、プロのオルガン奏者になろうと志して失敗しました。60歳のときにも、オーケストラの指揮者になろうとして失敗しました。
ただ、全体的に見れば、40歳以降は大きな失敗をせずに順調に過ごせました。二度目の結婚はうまくいっていますし、二人の素晴らしい子供にも恵まれました。キャリアも順風満帆でした。82歳になったいまでも健康で幸せに過ごせているわけですから文句は言えません。
──ダイアモンドさんは博学多才です。胆嚢の専門家でもありますし、ニューギニアの鳥に詳しく、霊長類の進化史や先住民の文化にも通暁しています。ピアノもお上手だとのことです。博学多才になる秘訣を教えてください。
私の場合、学校や両親が幅広い事柄に関心を持つことを後押ししてくれた側面があったかと思います。
一般論で言うと、どんな人も最初は関心の幅は広いんです。でも、成長するにつれ、関心の幅をだんだんと狭めていくように仕向けられます。とくに米国の大学では、学生は専門に集中すべきだというプレッシャーがかかりますからね。そのせいで関心の幅を広く保つことをあきらめてしまう人が多いです。
私の場合、誰もが子供の頃は持っている、物事への幅広い興味・関心をあきらめずに維持できたことがいい方向に働いたのだと思います。

ユヴァル・ノア・ハラリについてはどう思う?

──最近著の『危機と人類』では日本の明治期に一章が割かれています。明治期の人物で誰がいちばん面白いと思いますか。
世界史を見ると、よくも悪くも、強大な力を持つ指導者がときどき登場します。ヒトラーは悪い意味での強力な指導者であり、チャーチルはよい意味での強力な指導者でした。
でも、明治期の日本の大きな特徴は、強力な個人がいなかったことです。その代わりに、有能な人がたくさんいて、全員が一丸となって共通の目標のために力を尽くしたのです。そこが明治という時代の独特なところです。傑出した個人はいなかったけれども、たくさんの有能な個人がいたのです。
近現代史で言うと、第二次世界大戦後のドイツが有能な首相を次から次へと輩出した国でした。ヴィリー・ブラントがそうでしたし、ヘルムート・コールもそうです。ゲアハルト・シュレーダー、コンラート・アデナウアー、そして現首相のアンゲラ・メルケルという具合に、傑出した首相がどんどん出てきました。
それにくらべると、第二次世界大戦後の米国には傑出した大統領が出てきていません。力不足だった大統領が数人います。最悪の大統領も一人います。いずれにせよアデナウアーやメルケルの水準の指導者は一人もいないのです。
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Photo: Yuji Matsumura
──2014年、『サピエンス全史』の英語版が世界的ベストセラーになり、著者のユヴァル・ノア・ハラリは名声を得て、世界を代表するオピニオンリーダーになっています。でも、あの本は、言ってみれば、ダイアモンドさんの著作を下敷きにしているわけです。ハラリの成功を見て少し不公平だと感じませんでしたか?
不公平ではないですよ。ユヴァル(・ハラリ)とは以前、イスラエルで会ったことがありますし、先日もブラジルで一緒にイベントをした仲です。
ユヴァルの話によると、中世史専門の歴史家だった彼が一般読者向けの歴史本を書こうと思ったのは、『銃・病原菌・鉄』を読んだのがきっかけだったとのことです。彼は優れた書き手であり、読者を飽きさせません。成功するべくして成功したのです。
仮にユヴァルが私の著作を下敷きにして『サピエンス全史』を書いて成功したのが不公平だと指摘する人がいたとします。その場合、私が『銃・病原菌・鉄』を書いて成功したのも不公平ということになるのでしょうか。なぜなら『銃・病原菌・鉄』も、イスラエルの植物遺伝学者ダニエル・ゾハリの研究や、多数の考古学者や人類学者や遺伝学者の研究を下敷きにして書いたものだからです。
たしかアイザック・ニュートンの言葉だったと思うのですが、「巨人の肩の上」という表現がありますよね。「どうしてそんなに遠く先のことまで見通せるのか」と問われたニュートンが、「私が遠くまで見渡せたのは、それはひとえに巨人の肩に乗っていたからです」と答えたという逸話です。
たしかにユヴァルの著作は、ほかの人の研究に拠っているのでしょうが、それは私も同じです。それに彼は本当にいい奴なんです。
──中国政府は、習近平国家主席のもと、クリーンテクノロジーに莫大な投資をしています。また、中国政府には、改革を断行する政治的な実行力もあります。巨視的に見れば、中国はいい方向に進んでいるといえるのでしょうか。
いまの中国は二つの針路を同時に進んでいます。とてもいい方向に進んでいる面もありますが、悪い方向に進んでいる面もあります。悪い方向というのは、中国の独裁体制のことです。
中国という国は、昔から独裁体制の国であり、民主主義の国であったことがありません。
独裁体制の強みは、一度決定を下したら、それをすぐに実行できることです。よい決定を下せれば、すぐにそれを実行して、迅速によい結果を得られます。高速鉄道の建設、高速・大容量の通信システムの構築、ガソリンの無鉛化などは、よい決定です。
しかし、独裁体制の国では、悪い決定が下されると、すぐに悪い結果が出ることになります。私が生きてきた間にも、中国は2度、惨憺たる決定を下しています。
教員や教授が農村に追放され、教育制度が崩壊したことがありました。中国は独裁体制の国なので、たった一人の独裁者の精神が正常でなかっただけで、そんなことも起きてしまうのです。これは日本では絶対に起きないことです。仮に日本の首相が、国内の大学と学校をすべて閉鎖し、教員を全員、農村に送り込んで稲作をさせたいと思っても、それを実行する力は持てません。
中国では、60年ほど前、経済政策の失敗で数千万人を餓死させてしまったこともあります。日本の首相が実行する経済政策には、よいものも悪いものもあるのでしょうが、どんなに悪い政策でも、数千万人を餓死させることはないはずです。
さきほども言ったように、中国は、いい方向にも、悪い方向にも進んでいます。しかし、この国には独裁体制だという致命的な弱点があるのです。独裁体制のもと、よい決定だけを下していく方法を編み出せた国は、いまだかつてどこにもありません。
──2020年の米国の選挙では誰が大統領に選ばれるのでしょうか。
大統領になる可能性があるのは次の二人です。トランプが再選を果たすか、あるいは民主党から指名された「よい大統領」が誕生するかのいずれかです。
──「世間は自分を誤解している」と思うことはありますか。
私に対する誤解というか、私の著作に対する誤解がありますね。私は『銃・病原菌・鉄』などで、地理の影響力について書いていますが、一部の人はそれを読んで「地理的決定論」だと批判してきます。まるで私が「すべてを決めているのは地理だ」と主張しているかのように短絡化して理解しているのです。
私が言いたいのは、世の中には、地理が重要である事柄もあれば、地理が重要でない事柄もあるということです。
もしあなたが1月に北極に行き、服をすべて脱いで全裸で突っ立って過ごそうとしたら確実に凍死します。これは地理的決定論です。でも、朝鮮半島で38度線の北が独裁国、南が民主主義国になっているのは、地理が原因ではありません。北が中国に近いという地理的な要因はありますが、基本的には、これは二つの国の制度の違いなのです。
地理の影響について何か論じると、すぐに「地理的決定論」だと言う人がいますが、それは遺伝子の影響について何か語ると、すぐに「遺伝的決定論」と批判したり、文化の影響について何か言ったら、すぐに「文化的決定論」だと批判したりするのと同じくらい不毛です。