「検査なしに感染率を把握する方法」─『マネー・ボール』の著者マイケル・ルイスが緊急提言 | 「ウォール街の元金融マンの力を借りてみよう」 | クーリエ・ジャポン

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★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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Apr 8, 2020 12:21 PM
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『マネー・ボール』『ライアーズ・ポーカー』『世紀の空売り』などで知られる作家のマイケル・ルイス Photo: T.J. Kirkpatrick/Getty Images
『世紀の空売り』『マネー・ボール』などのベストセラーで知られるマイケル・ルイスが米誌「ブルームバーグ」に緊急寄稿。新型コロナウイルス感染症の初期症状とされる嗅覚障害のデータを収集すれば、「人口全体に占める感染者の割合」が大雑把につかめるのではないか──。
しかも、このアイデアと手法を思いついたのは、ウォール街の元金融マンで、“リスク管理のプロ”だという。データを追えば、ウイルスの伝播スピードと向かう先も見えてきて、それは新型コロナ対策に欠かせない情報となるだろう。

夜な夜な「カクテルして」いた老人たちが…

私の父は、すでに9人の友人を新型コロナウイルス感染症で失った。
父は83歳。心身ともに元気で、毎朝ニューオリンズのオーデュボン公園周辺をサイクリングするのが日課だ。会話だって、40歳の頃と同じくらいウィットに富んでいる。
ウイルスの感染拡大を抑えるために、しばらく母と家にこもらなくてはならないと聞いたとき、父が唯一したことは、ワインを7ケース注文することだった。
だが、そんな父は今、自分の世代の「皆殺し」に近い状況を目の当たりにしている。
父の高校時代の同級生や、仕事仲間やテニス友達の多くは、地元の富裕層向け老人ホーム「ランベスハウス」に住んでいる。彼らの文化や話し方は独特だ。もしかすると、「カクテル」を動詞として使うアメリカで唯一のサブカルチャーグループかもしれない。
つい1ヵ月前まで、彼らは毎晩のように「カクテルして」いた。それがどんなに危険なことか気づきもせずに。
ランベスハウスで、初の新型コロナウイルス感染者が確認されたのは3月10日のこと。その数は、瞬く間に50人を超えて、13人が命を落とした。そのうち9人は父の知り合いだった。

バイオテロ専門家が抱く疑問とは

感染はどこまで広がるのか、さらに言えば、どのくらいの死者が出るのかは、もっと検査をしなければわからない。このウイルスは、驚くほど人から人へと移りやすいようだ。
多くの人が、自分が感染していることに気づかずに、何日も(場合によっては何週間も)、ウイルスをいろいろな場所へと運んでいる。とりわけ若者は、自分が感染していることに気づかない可能性が高い。
しかし、80歳の老人たちが、夜な夜な「カクテルする」ほど元気だと思っていたら、実のところ目の前の同輩にウイルスをプレゼントしていたのだから、年齢による自覚の違いなど議論する意味があるだろうか。
むしろ驚きなのは、このウイルスがもっと早く広がらなかったことかもしれない。「なぜもっと多くの人が感染していないのか」と、バイオテロの専門家であるリチャード・ダンジグは言う。
クリントン政権で海軍長官を務めたダンジグは、次のように指摘する。
「初期の報告では、症状が出た人の家族の感染率は、わずか10%程度とされていました。おそらくこの数字はもう少し高いでしょうが、ここで重要なのは、明らかにウイルスにさらされたにもかかわらず、感染しない人がなぜこんなに多いのかです」
ランベスハウスがいい例だ。約200人の老人が、今も無感染で暮らしている。なぜウイルスは、彼らにはうつらなかったのか。

感染者の奇妙な共通点「無嗅覚症」

1つの可能性として考えられるのは、このウイルスが飛び散るためには、特別な環境が必要かもしれないことだ。ダンジグはこれを、パンデミック専門家らにこう提起している。
「教会のイベントのような一定の場面で、短時間ウイルスにさらされるほうが、家庭で感染者に長時間さらされるよりも、大きなインパクトがあるようです。宗教施設のイベントで、歌うことが重要な位置を占める場合、それが感染の大きな媒介になるのではないでしょうか」
たとえば、全米最大規模の集団感染が発生したのは、ニューヨーク州ニューロシェルのシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)だった。
もう1つの可能性は、実は確認されているよりもはるかに多くの人(80歳の高齢者を含む)が、このウイルスに感染しているが、重症化していないため検査を受けていないことだ。
そこで興味深くなってくるのが、イギリスの2人の医師が3月半ばに同じ医療従事者たちに宛てた公開書簡だ。
イギリスで指折りの耳鼻咽喉科医であるクレア・ホプキンスとニルマル・クマーは、自分たちのところにきた新型コロナウイルス感染者に、奇妙な共通点があることに気がついた。嗅覚の喪失だ。専門用語では「無嗅覚症」と呼ばれる。
嗅覚の喪失は、感染者の多くが最初に気づく異変だ。唯一の異変である場合もある。
「これまで『匂いがしなくなった』と言ってくる患者は、ごくごく稀にいる程度でした」とクマーは言う。「それが今では10倍に増えています。これは、このウイルスに感染して起こる症状の1つです」
ホプキンスとクマーは外国の医師たちに声をかけて、データを集めた。そして、匂いがわからなくなった人の約80%が、検査の結果、陽性となったことがわかった。また、感染が確認された人の30〜60%が、嗅覚を失っていたこともわかった。

嗅覚の損失が簡易検査になる可能性

最終的な数字は、これとは少しズレているかもしれない。いや、ものすごくズレているかもしれない。検査数の少なさを考えると、嗅覚と新型コロナウイルス感染症との間につながりを見いだすのは、壮大な憶測と言っていい。
だが同時に、検査数が少ないからこそ、この所見は非常に興味深い意味を持つ。嗅覚の喪失が、正式な検査に代わる、おおまかな簡易検査になる可能性があるのだ。
つまり、匂いがしなくなったら、たとえ体はピンピンしていても、自己隔離を図るべきだ。
嗅覚の喪失は、ほかにも2つの可能性をもたらしてくれる。第1に、ウイルスの伝播を目に見えるものにしてくれるかもしれない。第2に、感染リスクを管理するヒントを与えてくれるかもしれない。
奇妙なことに、ホプキンスとクマーの公開書簡を読んで、このことに思い至った人は1人もいなかったようだ(少なくとも2人に連絡してきた人のなかにはいなかったようだ)。
「1000件以上の連絡を受けましたが、これがリスク管理の手段になると思った人は、ほとんど誰もいませんでした」とクマーは言う。
ただ1人、例外がいた。イギリス人の元金融マン、ピーター・ハンコックだ。

雑音だらけの中で見つけたヒント

ハンコックは長年、米銀最大手のJPモルガンに勤め、1990年代末には最高リスク責任者を務めた。リーマンショック後は、破綻した米保険最大手AIGの再建を任された。
ハンコックはホーキンスとクマーの書簡を読んだとき、「雑音だらけのなかで、信頼に足るヒントを得るチャンスかもしれない」と思ったという。
多くの国の人と同じように、ハンコックも自宅待機をしながら、何が起きているのか理解しようとしてきた。だが、長年リスク管理に携わってきた彼にとって、とくに厄介に感じられたのは、データが非常に乏しいことだった。どの国も、検査で陽性反応が出なければ、感染者はいないとみなしているようだった。
「ウエストバージニア州の知事が、自分の州に感染者はいないとテレビで豪語していたとき、同州の片隅では、哀れな女性が体調の悪い夫を助手席に乗せて、検査をしてくれる場所を探し回っていたのです」(のちにこの男性は陽性が確認された)
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Photo: Robert Michael/picture alliance via Getty Images
ハンコックは、検査の少なさだけでなく、検査を受ける人の偏りも問題視していた。検査を受けられるのは、咳や発熱といった症状があって病院を訪れた人、つまり感染している可能性が高い人たちばかりだった。
彼らは、あちこち動き回って、ウイルスをばら撒いている人たちではない。全人口における、この病気の位置づけを把握する(そして感染を広める人たちを見つける)ためには、無作為に大量の検査をする必要がある。だがそれは、近い将来に起こりそうにない。
2人のイギリス人医師の書簡を読んだのは、そんなときだった。ハンコックは彼らに電話をした。嗅覚の喪失データを通じて、新型コロナウイルスの伝播をたどるという案に、ホプキンスとクマーは全面的に賛同してくれた。
突然匂いがわからなくなったという人が充分な数だけ存在すれば、それはウイルスがどこに向かっていて、どのくらいのスピードで広がっているかを知る早期警戒信号になるかもしれない。
「いま欠けているのは、全人口における感染率です」と、ハンコックは言う。

銀行の「リスク管理のプロ」が見せた技

リスク管理のプロという経歴が、ここで生きてきた。ハンコックは、自分の新人時代のアメリカ金融業界に、パンデミック・リスクを重ね合わせた。「当時は、新しい方法でリスクが定量化するのが流行っていました」と振り返る。
トレーダーたちは、自分が抱えるリスクを、信用リスクや市場リスクなど、所定のカテゴリーに分類していた。だが実のところ、こうしたカテゴリーにぴったり収まらないリスクは無数に存在した。
あるとき、裁判所が配当金の源泉徴収課税について漠然とした判決を下したところ、ライバル会社がエクイティ・デリバティブで1日に3億ドルも損失を被ったことがあった。
そんなリスクをどうやってカバーすればいいのか。そこでハンコックが出した答えは、「問題をクラウドソーシングすること」だった。
ハンコックは、銀行の全スタッフがトレーダーにリスクを喚起するプログラムを立ち上げた(現在も存在する)。
「ルールは2つ。メモは2つの文章以内に収めること。そして上司がそれを編集してはいけないことでした」
狙いは、全スタッフが自分の意見を簡単にシェアできるようにすることだった。それは、その銀行のリスク管理をたびたび改善することになった。意見を寄せた人が、リスク管理について何も知らなくてもいい。

インフルエンサー起用でデータ集積を

新型コロナウイルスについても、同じようなことをしてみたらどうか。つまり世界中の人に、嗅覚があるかどうかをオンラインで教えてもらうのだ。
重要なのは、それを簡単にできるようにすること。たとえば、幅広い層から敬意を集めていて、ソーシャルメディアに大量のフォロワーがいる人を起用した動画を作成し、画面の一番下に、嗅覚があるかどうかを視聴者に聞くボタンを配置する。
それがバイラルになれば、大量のデータが集まるから、それを分析して、全体像を把握し、リスクを評価できるはずだ。もちろん完璧なものではないかもしれないが、現時点で、先進国が持っているデータよりもずっとましだし、途上国ならなおさらだ。
これは素晴らしいアイデアだと、私は思う。
ハンコックは今、それを実現する組織を作っている。ウェブサイト「sniffoutcovid.org」もつくった。現在は、幅広い層から敬意を集める人と、データサイエンティストを探しているところだ。
願わくば、それが早く実現することを祈っている。父が、「大好きなブルゴーニュワインの匂いがしないんだ」と電話をしてくる前に。
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