ジャレド・ダイアモンド氏「今こそ、次のウイルスのことを考えよう」:日経ビジネス電子版

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☆☆☆:議論用ではない
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Mar 30, 2020 04:05 AM
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世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』や最新作『危機と人類』をものしたジャレド・ダイアモンド氏が警告を発する。新型コロナウイルスは野生動物を起源とする可能性が高い。次なる同様の感染被害を防ぐためには、野生動物の取引を全世界で完全に止めることが不可欠だと言う。
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ジャレド・ダイアモンド氏 米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)地理学教授。米ハーバード大学で生物学、英ケンブリッジ大学大学院で生理学を修めた後、進化生物学や人類生態学を駆使した学際的な研究を続ける。ピュリツァー賞など受賞多数。
次に現れるであろう新型ウイルスについて、今、考察を始めるべきだ。
「早過ぎるのではないか」。「COVID-19」と名付けられた感染症の拡大が大規模化した矢先に、なぜ次のウイルスについて考える必要があるのか、と反論する人があるかもしれない。「必要だ」というのが我々の答えだ。今こそ、次のウイルスについて考えなければならない。
なぜなら、2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した時、我々は次なる感染症の大流行について考えることを怠った。その結果、避けられたはずの今回の感染拡大を許してしまった。COVID-19が基本的にSARSと同じ経路で広がったのはほぼ間違いない。
新興の感染症は人類の間で自然に発生したものではない。COVID-19やSARSだけでなく、AIDS(後天性免疫不全症候群)やエボラ出血熱、マールブルグ病も同様だ。
これらの感染症は動物の感染症(いわゆるズーノーシス=動物由来感染症)が、動物の宿主から人間に感染したものだ。魚やエビなど、人間とは縁遠い動物から感染したものではない。人間が魚やエビと接触する機会は多いものの、これらが感染源とはなっていない。感染源は最も近縁の動物である人間以外の哺乳類だ。
近縁の動物から感染が起こる理由は単純明快である。病原菌は宿主の体内の生化学的な環境に適応すべく進化する。したがって病原菌にとって、新たな宿主の体内環境が元の宿主の体内環境と類似していれば、新たな宿主に感染するのは容易なのだ。人類は哺乳類であり、魚やエビとは異なる。このため、人類がかかるズーノーシスのほとんどは他の哺乳類からの贈り物だ。
 

ETなら野生動物市場を利用

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SARS感染が拡大した時、中国は大量のハクビシンを処分(写真=ロイター/アフロ)
SARSの人間への拡大は中国の野生動物市場で始まった。こうした市場では野生動物が処分されて、あるいは捕獲されて、生きたまま、あるいは死んだ状態で売られている。食用やその他の用に供するためだ。
例えばSARSは野生動物市場で売られていた肉食動物のハクビシンなどから人間に感染した。ハクビシンなどがコウモリからウイルスに感染していたのだ。一般の人々がハクビシンなどと身近に接することはないが、ハンターはハクビシンなどの野生動物を狙い、獲物を野生動物市場に持ち込む。
仮に、悪意ある地球外生物(ET)が、人間をズーノーシスに感染させるための最も効果的な手段を考えるとしたら、どうするだろう。このETは可能な限り多くの哺乳類をできるだけ多くの人間と接触させて、感染の確率を最大限に高めようと考えるだろう。そこでETは素晴らしい方法を見いだす。中国の野生動物市場を利用するのだ。
獲物を市場に売却するハンターたちは、1種類の動物だけを捕らえるわけではない。彼らは様々な種類の動物を捕らえる。ハンターだけが森に潜み、動物を食べ、感染するわけではない。市場には野生動物の買い手があふれており、彼ら全員が感染する恐れがある。
もちろん、野生動物市場は中国以外の国にも存在する。だが中国市場はとりわけ、感染の効果的な発生源となり得る。中国は世界のどの国よりも人口が多く、高速鉄道や飛行機、自動車などの交通網が発達しているからだ。
人間が感染する病気の発生源となる動物が存在し、中国の野生動物市場が感染を拡大させる理想的なメカニズムを有している現実は、公衆衛生に携わる関係者の間では何年も前から知れ渡っていた。03年に野生動物市場からSARSが広がったとき、中国はこれを、野生動物市場の永久閉鎖を求める警鐘と受け止めるべきだった。だが野生動物市場は閉鎖されなかった。
 
19年12月に武漢でCOVID-19が始まると、同市の野生動物市場が発生源であるとの疑いがすぐに浮上した。この疑いを真実とする証拠はまだないが、すべての事実は野生動物とその取引が発生源であることを示唆している。
COVID-19を引き起こしたのは、これに先立つ動物由来のコロナウイルス感染症(SARSと中東呼吸器症候群=MERS)の原因ウイルスに極めて近い存在だ。これらのウイルスはいずれもコウモリを発生源とし、他の動物を仲立ちとして人間に感染したとみられる。例えばSARSは野生動物市場で売られていたハクビシンの一種から感染した。
COVID-19が発生した直後、中国政府はその重大性を過小評価し、十分な対応を取らなかった。しかしながらその後、同国は強力な対策を取り、都市の交通を止めるなど世界でも前例のない規模の措置を講じた。この一連の措置は劇的な効果を発揮したようだ。中国はさらなるズーノーシスの発生を未然に防ぐべく、野生動物市場の閉鎖についに踏み切り、食用目的での野生動物の取引を永久に禁止した
ここまでは良いニュースだ。だが悪いニュースもある。

西洋ならチーズと赤ワイン

中国政府は、同国内において人と野生動物が接触する他の主要ルートを禁じていない。伝統的な医療のために行われる生きた動物の取引だ。この市場も巨大で、多種多様な動物の取引が行われている。伝統医療目的での動物の使用を支持する人々は多い。
例えば、アリを食用にするセンザンコウと呼ばれる小型哺乳動物の外皮は、中国伝統医学において何トンもの規模で使用されている。解熱剤として、あるいは皮膚病や性感染症の治療薬として効果があると考えられているからだ。
哺乳類に宿り、人間に感染する機会をうかがっている病原菌にとって、人間が食用のために野生動物を市場で入手しようが、伝統医療に使用すべく業者から仕入れようが、何ら違いはない。
西洋の人々にとって、次のことは明らかだろう。たった数日間で何百万もの人々を封鎖できるほど強大な権限を有する中国政府が、野生動物の取引をすぐさま完全に閉鎖しようとしないことなど、あり得ない。
だが一部の中国人にとって野生動物は、単なる珍味以上の意味を持つ。恐らくもっと適切な例えは、こんな感じだろう。チーズや赤ワインの取引が感染症の源になると、科学者が明らかにした。チーズや赤ワインの取引を禁止せよとの声が世界で高まったら、フランス人はどのように対応するだろう。一部の中国人にとって野生動物は、フランス人にとってのチーズや赤ワイン以上に、文化の根幹を成している。
だが、そうした文化的な障害はあるものの、中国政府をはじめとする世界中の政府は、野生動物の取引を早急かつ断固として禁止しなければならない。
それがなされない限り、世界に広がる新興感染症はSARSやCOVID-19が最後とならないことを、確信をもって予言する。中国だけでなく世界のすべての国・地域において、野生動物が食用やその他の目的で幅広く利用され続ける限り、新たな感染症が発生することは間違いないだろう。
我々はSARSを比較的「容易に」収束させることができた。死者は1000人弱にとどまり、毎年数十万人が死亡する季節性インフルエンザよりもはるかに少ない数に抑えた。だがCOVID-19はそれほど容易に収束しないと思われる。例年のインフルエンザによる死亡者数を上回るかどうかは分からないが、何百万人、あるいは何十億人もの人々の生活や暮らし向きに影響を与える。
次のウイルスが生み出す損害は、もっと大きくなる恐れがある。世界の人々がつながる度合はますます緊密になるばかりだ。将来広がる感染症が、何億人もの人命を奪う事態とならないことを示す生物学的な根拠はない。何十年も続く前例のない長期的な不況に世界が陥らないことを示す理由もない。
野生動物の取引を止めれば、こうしたリスクは大幅に減少するだろう。中国政府にとって、世界の他の地域の利益のために取引を禁じるのは好ましいことではないだろう。だがこの措置はむしろ、中国の人々に利益をもたらす措置なのだ。なぜなら、彼らこそ、野生動物の取引によって感染が拡大する次なるウイルスの最初の犠牲者になる可能性が高いからだ(現に、COVID-19では最初の犠牲者となった)。
*=原文のまま訳した