「米欧vs中国 深まる亀裂  EU対中制裁の衝撃」(時論公論) | 時論公論 | 解説アーカイブス | NHK 解説委員室

★★★:バランスよく議論できる
★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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Apr 7, 2021 12:05 AM
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調査、データ、観察的
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中国の少数民族ウイグル族に対する人権問題をめぐってEU・ヨーロッパ連合がアメリカやイギリスとともに中国への制裁に踏み切り圧力を強めています。一方、中国はロシアやイランなどと共闘して欧米に対抗する構えを見せ、両陣営の緊張が高まっています。EUの対中制裁の意味合いと欧米・中国の対立の背景を考えます。
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Q.ウイグル族に対する人権侵害とは?
アメリカ国務省が先週発表した人権に関する報告書は、「100万人以上が収容所に拘束され、拷問や強制労働の他、宗教の自由が制限されるなどジェノサイド、民族に対する破壊行為が行われている」と指摘しています。
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衛星写真や目撃証言などからもウイグル族への人権侵害の可能性が高いとして各国は中国への批判を強め、EUは先月22日、新疆ウイグル自治区の幹部4人と治安対策などを担う団体の資産凍結とEUへの渡航・取引を禁止する制裁措置を発表しました。EUが中国への制裁に踏み切ったのは1989年の天安門事件以来のことです。
Q.中国政府は認めているのですか?
中国政府はアメリカが指摘したウイグル族への迫害について「事実無根だ」などとして強く反発してきました。ただ、アメリカに続いてEUまで制裁に踏み切ったことで、外交面で戦術的な転換を迫られているように思います。
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中国はこれまで太平洋を挟んでアメリカと正面からの対決に臨んできました。国内では反米宣伝がさかんに行われてきました。ところがこれまでアメリカとは一線を画してきたはずのEUにまで背後からつかれた形になったのです。EUの制裁も、これに対する中国側の報復も、双方が被る経済的な打撃はさほど大きくないといえるかもしれません。しかし対立する相手がアメリカだけではなくなったことへの衝撃は大きいと思います。中国にとって本当は避けたかった最悪のパターンに陥ったといえるでしょう。
Q.EUにとって対中制裁はどんな意味があるのですか?
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EUは中国に対して経済優先から人権重視へと姿勢の変化が感じられます。中国は去年初めてアメリカを抜いてEUの最大の貿易相手になりました。中国抜きに経済が成り立たないのが実態ですが、その一方で中国への警戒感が急速に増しています。ドイツの産業ロボットメーカーをはじめ各国企業が次々と中国企業に買収された他、中東欧諸国への中国の接近が顕著で、EUはおととし対中戦略を見直して中国を貿易や先端技術の「競合相手」と位置付けました。さらに去年7月の中国による香港国家安全維持法の導入と民主活動家の弾圧を機に一気に反中姿勢が強まりました。去年12月に中国と大筋合意した包括投資協定も、今回の制裁の応酬によりヨーロッパ議会の承認の目途が立っていません。
Q.中国にとってEUとの関係にどのような影響が予想されますか。
アメリカとEUを同時に「敵」に回すことが中国経済にとって何を意味するかは、成長の土台となってきた輸出の依存度を見ればわかります。
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中国の税関の発表によりますと、中国の去年の輸出総額はおよそ2兆6000億ドルでしたが、このうちアメリカ向けが17%と1位。EU向けが15%と2位で、いわば一番、二番のお得意さんとけんかになってしまったのです。また、EUとの対立は、習近平政権が掲げてきた世界規模の経済構想「一帯一路」の先行きにも大きな影を落としています。陸と海のシルクロードの終着点であるヨーロッパが反旗を翻せば、物流もゆく先を失うことになりかねません。習近平政権は、ヨーロッパの人たちの懸念を無視する形で、ウイグルや香港の人たちに強硬な措置をとってきたわけですから、まさに「身から出た錆」といえそうです。
Q.中国はどう出るのでしょうか?
EUとアメリカが足並みを揃える一方、中国はロシアとの連携を強化しています。先月22日にEUとアメリカが対中制裁を発表、翌23日にはNATO・北大西洋条約機構の外相会議が開かれ、EU各国とアメリカが中国に対処するため同盟関係の強化を確認したのと時を同じくして中国の王毅外相がロシアのラブロフ外相と会談しました。アメリカ主導の中国包囲網が形成されつつあることに相当な焦りを感じているように見えます。 中国とロシアはいずれも国連安全保障理事会の常任理事国で、両国が「同盟に準ずるような結びつき」をもつことは、米欧の軍事同盟、NATOに対する強い対抗措置を意識したものといえます。さらに中ロ会談の翌日から王毅外相はサウジアラビアやイランなど中東6か国を歴訪し、各国との関係強化を確認しました。サウジアラビアはアメリカの同盟国ですが、トランプ前大統領と親密な関係にあったムハンマド皇太子に対してバイデン政権が距離を置いているすきをついたかのような訪問は中国外交のしたたかさを感じます。
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王毅外相は中東に先立って1月にアフリカのナイジェリアなど5か国を訪問し、ワクチン外交を展開すると同時に「内政干渉に反対する」中国の立場への支持を取り付けました。さらに今週は東南アジアの4か国外相を相次いで中国に招くなど、対中圧力を強める欧米への対抗意識をむき出しにしているように見えます。
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先にアラスカで行われた米中外交トップの会談で、ブリンケン国務長官がウイグル問題や香港問題などをとりあげたのに対し、楊潔チ政治局委員が「アメリカは上から目線で中国に語る資格はない」と述べるなど終始強気の姿勢だったのもアフリカや東南アジア諸国の支持を背景に欧米主導の秩序に従うつもりはなく中国が秩序を作るんだという強い意思を感じます。
Q.中国の動きは非常に活発ですね。
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王毅外相は東南アジアからさらに韓国外相まで次々と中国に招き、わずか10日ほどの間に12か国の外相と会談をしています。中国包囲網を突き崩そうと躍起になっているように見えます。
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その一方で、欧米からの非難に対しては、強く反発してきました。アメリカのバイデン大統領が「これは民主主義と専制主義の争いだ」といえば、中国は「我々にも中国式民主がある」と主張。ウイグル族の弾圧を「ジェノサイドだ」と非難されると、「アメリカこそ人種差別が根強い」などと反論。まるで国際社会が支持しているのはアメリカではなく中国だと言わんばかりの論調を展開しています。では米中どちらの主張に分があるのか、私は国際社会における移民の流れがそれを如実に物語っているように思います。たとえばアメリカやヨーロッパには移民を希望する人が殺到しています。一方、中国については特に最近香港から海外に脱出し欧米諸国に移民を希望する人が相次いでいると伝えられています。その国に住みたいか逃げ出したいか、まさに一目瞭然ですね。
Q.自由と民主主義を求める人が多いということですね。
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人権問題を重視するアメリカとEU、それにイギリスとカナダも中国に制裁を科し、オーストラリア、ニュージーランドは制裁を支持する声明を発表しています。また、ヨーロッパの一部企業はウイグル族の強制労働にかかわった疑いのある企業との取引の停止を発表しています。一方、日本政府は5日、茂木外務大臣が中国の王毅外相と電話で会談し、人権問題に深刻な懸念を伝えました。欧米と中国がこれ以上亀裂を深めれば世界経済への影響が懸念されます。緊張緩和のために日本ができることは限られますが、人権侵害は決して許さないという姿勢を示すと同時に、中国が人権侵害を否定するのであれば国連が求めている現地の調査に協力し、各国の懸念を払しょくするように働きかけるなど、日本独自の役割を果たしてほしいと思います。
(加藤 青延 専門解説委員 / 二村 伸 解説委員)