優等生ポーランドの教育制度の行方は? – GNV

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Aug 2, 2020 10:51 PM
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2019年4月8日から27日まで、ポーランドの50万人の教師がストライキに参加した。20日間にわたって行われたこのストライキは、1993年以降、ポーランドにおいて最長期間で最大規模のストライキだった。15,000もの学校と、10人に7人の教育従事者がストライキに参加したという。また、教育に関する国民投票を求める100万件以上の署名による請願も行われている。
しかし、2012年の学力を測る国際的な試験であるPISA(※1)では、ポーランドの学生の成績は他国と比較しても上位10位付近にランクインしていた。これは、イギリスやスウェーデンなどのポーランドより豊かな国々よりも優秀な成績をおさめていたということを意味する。また、2015年の時点で、ポーランドの2人に1人の学生が大学レベルの教育を受けていた。つまり、ポーランドの教育システムは世界でもトップレベルのものだった。そんなポーランドで一体何が起こっているのだろうか。
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小学校で学ぶ子供たち(写真:Alan Abernethy/United States Air Force)[public domain]

ポーランドの教育システム

実は、冷戦後、ポーランドにおける教育システムの成長は目を見張るものがあった。ポーランドは1990年代初め、後期中等教育レベル(高等学校レベル)の教育への参加率がOECD(経済協力開発機構)加盟諸国と比較すると最低レベルの割合だった。しかし、2012年の時点で、高等学校レベルの教育を終えている25~34歳の割合が94%と大きく、OECD加盟諸国の平均である83%を上回るほどに成長した。2015年のポーランドのPISAのスコアは、OECD加盟諸国の平均を上回っており、フィンランドやドイツなどの国々と同様のレベルを示していた。また、2012年のPISAでは、読解力が10位、化学が9位と上位10位以内に入り、数学も14位と優秀な成績をおさめている。大学レベルの教育を受けた若者は、1989年の10人に1人から2015年には2人に1人となり、教育に関して大きな成長を遂げていることがわかる。
では、どのようにしてポーランドはめざましい教育の発展を遂げることが出来たのか。大きな要因は、ポーランドはソビエト連邦の勢力範囲内から解放された冷戦後、教育制度の抜本的な改革を行ったことである。はじめに、ポーランドは、ギムナジウム(Gimnazjum)という中等教育の制度を導入した。冷戦時代まで、ポーランドでは8年間初等教育(小学校)を受けた後に一般高等学校もしくは専門学校のいずれかを選択し4年間通う教育制度を基本としていた。しかし、中等教育(中学校)の導入により、6年間小学校に通った後は、中学校、高等学校とそれぞれ3年間ずつ通う仕組みに変更された。これによって、一般高等学校もしくは専門学校のどちらかを選択する時期が1年間遅くなったため、特に専門学校に通う学生は、1年間長く中学校で教育を受けられるようになった。この一般高等学校もしくは専門学校に通う能力別教育課程が16歳から始まるようになり、OECD加盟諸国の平均の14歳と比較しても遅いスタートなのが特徴的だ。
また、ギムナジウムが導入されるまでは、たった上位20%の学生のみが学業に焦点を当てた高等学校に通っていた。しかし、ギムナジウムの導入と共にたくさんの一般高等学校が作られ、高等学校に通うことが一般的となった。それゆえに、90%以上もの学生が高等学校で教育を受けられるようになったのだ。
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他にも、ポーランドでは、小学校や中学校を修了する際に、国で定められた試験を受ける必要がある。また、PISAやTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)(※2)、PIRLS(国際読書力調査)(※3)といった大規模な国際的試験を通して、学生の成績が監視される。教師による評価と試験による評価に基づいた学校ごとに定められる評価基準によって、学生は留年もしくは進学の決定を下されるのだが、その評価基準に基づく割合はOECD加盟諸国の平均値である77%を上回る98%である。ポーランドで試験が重要視されていることがわかる。加えて、質の高い就学前教育は、学生の成績の大幅な向上に繋がるとされ、ポーランドは子供の就学前教育を促進する政策を導入した。2014年、ポーランドはすべての5歳児に就学前教育で外国語教育を受けさせることを義務付け、OECD加盟諸国の平均である61%を大きく上回って82%の子供が就学前教育を受けるようになった。
各学校の裁量が大きいのも特徴として挙げられる。学習のカリキュラムや評価方法の決定に関して各学校の大きな裁量が教育省によって認められており、ポーランドの裁量の大きさはOECD加盟諸国の平均以上である。加えて、カリキュラムの中のイデオロギー(思想)教育的な部分を排除し、教育を現代化させた。最後に、教師の質を向上させることにも力を入れた。ポーランドの就学前教育や小学校の教師は、法定の実習科目を修了し学位を取得している必要がある。また、中学校や高等学校の教師は修士号を取得している必要があると定めた。このようにしてポーランドは、教育水準を高めることに成功した。

奇跡に近い経済成長

こうした教育水準の向上とともに、ポーランドはめざましい経済成長を遂げた。ポーランドの2015年の国民1人当たりのGDPは、1989年と比較して2倍以上の24,000米ドルとなった。この国民1人当たりのGDPの増加率は、東ヨーロッパ諸国の中でも1番大きいものである。輸出額も25倍以上に増加し、2015年には約2,400億米ドルに達した。このような経済成長は、学校を新たに建て、教師の数を増加させるなど、教育改革を実行することを可能にした。
また、逆にポーランドの教育水準の引き上げは、経済成長に貢献したという側面もある。国の教育レベルを高めることは、学生の読み書きの能力や計算能力、問題解決能力などの認知力や、チームワークを発揮する能力、また、職種ごとに固有の専門的技術などの能力の引き上げに成功し、良質な労働力の育成に繋がった。学習カリキュラムの改革や国家資格の枠組みの現代化、企業との親密な繋がりの形成といった改革が実行され、教育制度と労働市場の繋がりが強化された。このように、ポーランドは経済的にも教育の面でも大きな成長を遂げたのだ。
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「法と正義」政党の教育改革

こうして順調に成長していたポーランドだが、2019年に大規模なストライキが起きるなど、雲行きが怪しくなっているのはなぜなのか。それは、2015年よりヤロスワフ・カチンスキ氏が率いる「法と正義(PiS)」政党がポーランドの政権を握っていることによる。政府は、学童特別助成金制度の確立や、従業員の最低賃金の引き上げ、年金受給資格年齢の引き下げといった、国民に直接的に金銭を与える政策を強固なものにした。しかし、こういった政策が導入されるにつれて、予算が直接的な金銭の給付に過度に用いられ、公共サービスの質は徐々に低下した。多くの病院が閉鎖され医療サービスは縮小し、機能している病院の医師も移転してますます状況は悪化した。
また、政府は教育システムを抜本的に変更した。2017年の政府による教育改革はストライキの大きな原因である。政府は、それまでの6年間小学校に通ったのち、中学校、高等学校とそれぞれ3年間ずつ通うギムナジウムの制度を廃止し、8年間小学校に通った後、4年間高等学校もしくは専門学校に通う冷戦時代の制度に戻した。その結果、約6,500人の中学校教師が職を失った。また、給与が低いことや教育システムの改革などを理由に多くの教師が辞職し、無免許教師がその穴を埋めたため、教育水準が下がった。それにより、多くの学生が民間教育に移行している。ほかにも、教育改革による学校制度の再編成は、特にポーランドの歴史や文学等に関するシラバスの大きな変更を伴う。また、各学校の裁量も小さくなった。こうすることで、政府に対して従順な学校を作り上げ、中央集権的な統治を目指したとも指摘されている。
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「法と正義」政党を率いるヤロスワフ・カチンスキ氏(写真:Piotr Drabik/ Wikimedia Commons[CC BY 2.0])
さらに、教育改革によって一般高等学校に通う学生が減少したことから、ストレスやプレッシャーを感じている学生が増加したとされている。PISAの分析によると、ポーランドの学生は、自国の学力競争が激しいと感じており、この度合いは他国よりもはるかに大きいものだった。学生のストレスやプレッシャーが高まるなか、2019年12月、マタという名のラッパーによる「パトインテリジェンス(Patointeligencja)」というミュージックビデオがポーランドを騒がせた。これは、進学校に通う裕福な学生が直面しているプレッシャーをテーマにした楽曲で、わずか数日の間に500万回以上再生された。中流・上流階級の家庭の優秀なイメージのある学生の裏では、薬物やアルコール、精神安定剤の使用、時には自殺さえも起きているということを伝えている。学生の間では「学校恐怖症」が深刻な問題となっており、ポーランドの教育システムの衰退がうかがえる。

ストライキの背景

そして、教育改革は学校制度を変更したにとどまらない。教育大臣であるアンナ・ザレウスカ氏は、国家予算が直接的な金銭の給付に過度に用いられていることから、予算を節約するために更なる改革を行った。その改革により、20万人の教師が住宅手当を失った。また、彼女は、着任してから2年間の指導が修了した際に支払われたボーナスの給付を取りやめ、昇進に必要とされる期間を10年間から15年間に引き伸ばした。このような変更が行われたこともストライキの背景にある。
そして、ストライキが行われた1番の理由は、教師の給与が削減されたことだ。教育改革が行なわれてから1年後の2018年の時点で、ポーランドの教師の平均月給は560~770ユーロで、ポーランドの平均月給の約1,080ユーロをはるかに下回っている。この給与は小さなアパートの家賃を払うだけで精一杯のである。ストライキが開始される前、ポーランド教師組合(ZNP)と労働組合フォーラム(FZZ)の2つの労働組合は、国内の全教師の給与を約30%増加させることを要求した。ポーランド政府はこれを拒否し、国家予算にそのような大幅な昇給の余地はないとした。そして、政府は、2つの妥協案を提示したが、どちらも労働組合は拒否した。こうして賃金交渉が決裂し、ストライキは開始された。
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全国的なストライキが行われた。(写真:Cybularny/Wikimedia Commons)[CC0 1.0]
2019年4月にストライキが行われ、その1か月後に行われた議会選挙では、投票率が2014年の前回の選挙から21.9%増加した。また、教育従事者や学生の親を含む投票者の最大20%がストライキに参加したという。加えて、「法と正義」政党によって教育の質が落ちていることに対する不満も投票率の増加に影響していると考えられる。現政権が強権的な方向に向かってしまっていることが懸念され、教育制度を立て直すことは難しいのかもしれない。この教育システムをめぐる闘いは、ポーランドの未来をいかに変えるのだろうか。奇跡とも言われる教育水準の向上を遂げたポーランドはいったい今後どうなっていくのだろうか。
※1 PISA(Programme For International Student Assessment)とは、OECD生徒の学力到達度調査のこと。OECD加盟諸国の15歳児を対象に読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの三分野について、3年ごとに本調査を実施している国際的な学習到達度に関する調査である。
※2 Trends In International Mathematics And Science Studyを指す。
※3 Progress In International Reading Literacy Studyを指す。
ライター:Ikumi Arata
グラフィック:Yow Shuning