『サピエンス全史』の著者が警鐘「分断か連携か、世界はコロナ危機で試されている」 | ユヴァル・ノア・ハラリが国境を越えた医療支援や経済対策を提言 | クーリエ・ジャポン

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☆☆☆:議論用ではない
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Mar 28, 2020 11:37 PM
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イスラエルの歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ(42)。人類の歴史をマクロ的な視点で読み解いた世界的ベストセラー『サピエンス全史』などで知られる。近著に『21 Lessons』(ともに河出書房新社)がある Photo: Emily Berl/The New York Times
新型コロナウイルス(COVID-19)の脅威が世界中に広まるなか、都市封鎖、医療崩壊、物資不足、長期の外出自粛といった事態が起こり、社会不安が広がっている。
世界の知識人のなかでもその見識を高く評価されているユヴァル・ノア・ハラリは、この「未知の試練」が人類に与える影響をどう見ているのか。英紙「フィナンシャル・タイムズ」への緊急寄稿を全訳でお届けする。
現在、人類は世界的な危機に直面している。我々の世代が経験する最大級の危機だろう。
この先の数週間、人々や政府の下した決断が、今後の世界のあり方を決定づけるかもしれない。その影響は医療制度にとどまらず、政治、経済、文化にも波及するだろう。決断は迅速かつ果敢に下されなければならないが、同時にその結果として生じる長期的影響も、考慮すべきである。
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アメリカのワシントン記念塔前。新型コロナの流行で世界の街から人が消えた Photo: Chen Mengtong / China News Service / Getty Images
どんな道を選択するにせよ、まずもって自問すべきは、直近の危機の克服だけでなく、この嵐が過ぎ去った後に我々の住む世界はどうなるのかということだ。
嵐もやがては過ぎ去るし、人類も存続する。我々のほとんどは変わらず生きているだろうが、その世界は、もはや現在と同じではない。
緊急対策と銘打った短期的措置が立て続けに打ち出され、日常の一部となるだろう。これが非常時の本質であり、歴史的な経過も早送りになる。通常時なら審議に数年を要する決定も、数時間以内に可決される。未熟で、ときに危険な技術が急場しのぎに駆り出される。何もしないリスクの方が大きいからだ。
いまや世界中すべての国が、大がかりな社会実験のモルモットだ。誰もが在宅勤務となり、相手との意思疎通も遠距離のみとなったとき、いったい何が起こるのか? 学校や大学がいっせいにオンライン授業になったらどうなるのか? 通常時なら、政府、事業者、教育委員会がこんな社会実験の実施に同意するはずもないが、いまは非常時なのだ。
この非常時に我々は、とりわけ重要な2つの選択肢に直面する。
第一に、全体主義的な監視社会を選ぶのか、それとも個々の市民のエンパワメントを選ぶのか。
第二に国家主義者として世界から孤立するのか、それともグローバルな連帯をとるのか。

「皮膚の下の情報」も筒抜けに

現下のコロナ危機を止めるためには、国家の全構成員が一定のガイドラインに従う必要が出てくるが、それを実現する主な方法は先述したように2つある。
まずひとつは、政府が市民を監視し、規則を破った者には罰を与える方法。現代は人類史上初めて、テクノロジーがすべての人間の常時監視を可能にした。
50年前の1970年、KGBが2億4000万人のソ連市民の行動を24時間追跡することは不可能だったし、もしKGBが全市民の全情報を収集できたとしても、それを効率的に処理することなど望むべくもなかった。
当時のKGBは人間の諜報部員とアナリスト頼みであり、彼らが各市民を追跡することなどできるはずもなかった。翻って現代の政府機関には、あらゆる場所に設置したセンサーと強力なアルゴリズムがある。テクノロジーが生身のスパイ代わりなのだ。
新型コロナウイルス(COVID-19)の地域的流行に対抗するため、すでに各国政府は新手の監視ツールを展開している。
最も注目すべき例は、中国だ。
市民のスマートフォンを念入りにモニタリングし、人間の顔認識ができる監視カメラを何億台も稼働させ、市民に検温とその結果、および健康状態の申告を義務付けることで、中国当局はコロナウイルス拡散を疑われる人物をすばやく特定するだけでなく、彼らの行動や誰と接触していたかまで把握できる。感染患者が近くにいることを警告するモバイルアプリも広く出回っている。
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通行人の体温を検知できるゴーグルを着用した中国・杭州市の警備員 Photo: Feature China / Barcroft Media / Getty Images
この手のテクノロジーは、なにも東アジアに限ったことではない。イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは先ごろ、イスラエル公安庁に新型コロナウイルス感染者の追跡という名目で、テロリスト相手の戦闘用途以外は非承認だった監視技術の適用を認めた。議会小委員会はこの承認を否決したものの、ネタニヤフは「非常事態令」を盾に強行突破した。
そういったことは目新しくもないという意見もあるだろう。たしかに近年、政府も企業も、市民を追跡、監視、操作すべく、かつてないほど洗練されたテクノロジーを活用している。
だがうっかりしていると、今回のコロナ危機が、「監視の歴史」における重大な分岐点になるかもしれないのだ。大量監視ツールの標準展開が、それまで展開を拒否していた国で続々と実施されるかもしれない。「皮膚より上」から、「皮膚の下」の監視へと劇的な移行が起きているだけに、その懸念は強くなる。
いままで政府が知りたかったのは、ある人の指がスマホの画面で何のリンクをクリックしたかだった。だがコロナ危機によって関心の焦点がシフトした。政府が手に入れたいのは画面にタッチする指の温度であり、皮膚の下の血圧数値なのだ。

ウイルスが「監視社会」を正当化

いま我々は、監視社会のどのあたりにいるのか。それを考えるときに突き当たる問題のひとつが、監視がどのようにおこなわれているかが誰もわからず、今後それがいかなる結果をもたらすのかも把握していないということだ。
監視技術はすさまじい速さで進化を続け、10年前にはSFの世界だった技術もいまでは当たり前になっている。ここで思考実験をしてみよう。
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エルサレムの旧市街でパレスチナ人の身元確認をするイスラエルの国境警備隊 Photo: Mostafa Alkharouf / Anadolu Agency / Getty Images
仮に、政府が全国民に24時間、体温と心拍数を計測するバイオメトリクス・ブレスレットの装着を要請したとする。集まった計測データは政府側アルゴリズムによって蓄積、解析される。そのアルゴリズムは当の本人も知らぬ間に、体の不調を知るだろう。どこにいたか、誰と会ったかも心得ている。感染の連鎖は目に見えて短くなり、ついには断ち切ることができるかもしれない。
このような監視システムなら数日以内にも、ウイルス感染の流行がぱたりと収まるかもしれない。すばらしいではないか。
当然のことながらその欠点は、恐るべき新監視システムに合法性を与えてしまいかねないことだ。たとえば私がCNNではなく、FOXニュースのリンクをクリックしたことを皆さんが知ったら、私の政治観、ひいては人格さえもうかがい知ることができよう。
だが、もし皆さんがビデオクリップ視聴中の私の体温や血圧、心拍数に起きていることが監視できれば、何を見て笑い、泣き、あるいは何を見て心の底から怒りを感じているのかがわかるようになる。
ここで肝心なのは、怒り、喜び、退屈、愛といった感情は発熱や咳と同じく生体現象だ、という点である。咳を検知するその同じ技術で、笑いも検知可能になるかもしれない。政府や企業が我々の生体データの大量取得に着手したら、当人が知る以上に、相手は我々のことをはるかによく知ることになる。
そして、こちらの感情を先読みし、感情を操って、製品にせよ政治家にせよ、売り込みたいものは何でも売りつけられるようになるだろう。バイオメトリクス監視技術の前では、さしものケンブリッジ・アナリティカ(フェイスブックの個人情報を2016年の米大統領選の選挙運動に利用した英データ分析会社)のハッキング術さえ、石器時代の遺物のように色褪せる。
2030年の北朝鮮を想像してみよう。市民は皆、バイオメトリクス・ブレスレットを24時間、装着しなければならない。偉大なる首領様(金正恩)の演説を聞いて怒りがこみ上げたら、ブレスレットがその波長を検知する。これで一巻の終わりだ。

プライバシーか、健康か

バイオメトリクス監視技術は、あくまで非常時の暫定措置にすぎない──そう申し立てるのはいっこうにかまわない。非常事態が過ぎればじき消えるはずだと。
とはいえ「暫定措置」というのは、非常事態が終わってもなおしぶとく残ろうとする悪い癖がある。とくに、新しい危機がつねに水平線の下に潜んでいる場合はなおさらそうだ。
私の故国イスラエルは1948年の独立戦争(第1次中東戦争)の最中に非常事態を宣言、暫定措置を次々と打ち出して正当化した。それは新聞の検閲、土地の接収から、プディング作りの特別規制(私は大まじめに言っている)まで多岐にわたった。
ところが、独立戦争にはとっくの昔に勝利したというのに、イスラエル政府は非常事態終了をいまだ宣言せず、1948年に施行された「暫定」措置の多くも廃止できずにいる(ありがたいことに、1948年非常時プディング規制令は2011年に撤廃された)。
コロナの感染者数がゼロになったとしても、「収集データは依然不足しているから、バイオメトリクス監視システムをこのまま維持すべきだ」と主張する政府も出てくるかもしれない。
コロナ流行の第2波に備えるため、あるいはエボラウイルスが中央アフリカで新種に変異したため、あるいは……もうおわかりだろう。我々のプライバシーをめぐってここ何年も、激しい論戦が繰り広げられてきた。今回のコロナ危機はこうした戦いの転換点となる可能性がある。
プライバシーか、健康か。両者の二者択一を迫られれば、たいていの人が健康を取るだろう。だがそもそも、この選択肢は間違っている。【続く
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