アトキンソン氏に反論する-日本の生産性低迷は大企業の問題だ-(島澤諭) - 個人 - Yahoo!ニュース

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Oct 22, 2020 04:34 AM
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(写真:アフロ)
中小企業の整理淘汰を主張するデービッド・アトキンソン氏が成長戦略会議のメンバーとなりました。報道によれば、菅義偉総理は「アトキンソン信者」との噂があるそうですから、今後は、アトキンソン氏の主張に即した経済政策が行われていくことになるのは確実視されます。
なお、ここから以下の本記事では、筆者が所属する公益財団法人中部圏社会経済研究所が公表した「法人企業統計調査を用いた労働生産性の要因分解」(中部社研経済レポートNo.24)の分析結果を利用していますが、本記事の内容は公益財団法人中部圏社会経済研究所を含めた筆者の所属組織とは一切無関係であることにご留意ください。
閑話休題。
実際、財務省「法人企業統計調査」により、企業別の労働生産性の推移を見ると、日本の企業規模別に見た労働生産性は確かにアトキンソン氏の主張の通り、大企業(企業規模A・B)ほど上昇し、中小企業(企業規模C・D)ほど停滞もしくは減少していることが確認できます。
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図1 企業別に見た労働生産性の推移((出典)公益財団法人中部圏社会経済研究所レポート)
やはり、アトキンソン氏の主張は正しく、中小企業を合併して整理淘汰するべきなのでしょうか?
結論を急ぐ前に確認です。労働生産性の定義式は次のようになります。
図2 労働生産性の定義((出典)筆者作成)
この式に従えば、生産性を改善させるには、分母(労働者数=雇用)を減らすか、分子(付加価値)を増やすかに大別できます。さらに、分子についても、生産額を増やすか、コストを削減するかに分けられます。
ここでは、雇用を減らすことで分母と分子(の人件費)を削減することによって生産性を改善することを偽りの生産性改善、一方、分母を増やしつつ分子も増やすことを真の生産性改善と呼ぶことにします。
つまり、偽りの生産性改善とは、売上高に変化はなくとも雇用を削減して人件費をカットすれば実現できます。一方、真の生産性改善は、新技術や新商品の開発、人材教育などによらなければ実現できないのです。
そこで、財務省「法人企業統計調査」により、企業規模別に見て、なにが生産性を向上させているのかあるいは生産性の向上を阻んでいるのかを検証してみたいと思います。
表により、企業規模別の労働生産性の伸びを付加価値率要因、従業員数要因、売上高要因に分解してみると、90年代以降の大企業、特に製造業の労働生産性は従業員要因(雇用削減)と売上高要因(売上高維持)によって押し上げられていることが分かります。つまり、大規模製造業の労働生産性改善は、偽りの生産性改善に過ぎなかったのです。なお、余談ながら、大規模製造業では、1990年以前と以後とでは付加価値率要因が急減速している事実も、真の生産性改善を実現できなかった点を裏付けていると考えられます。
表1 大企業の労働生産性の要因分解((出典)公益財団法人中部圏社会経済研究所レポート)
一方で、中小企業は、従業員要因(雇用吸収)、売上高要因(売上減少)が、労働生産性の押し下げ要因となっていますが、付加価値率要因は、労働生産性の押し上げ要因となっていることから、中小企業では、真の生産性改善が実現されていることが確認できます。しかも、1990年代以降には、付加価値率要因の伸び(真の生産性改善)が加速している事実も重要です。
表2 中小企業の労働生産性の要因分解((出典)公益財団法人中部圏社会経済研究所レポート)
ただ、確かに、中小企業では真の生産性改善があるにもかかわらず、全体としてみた生産性はマイナスとなっています。これは、売上高の低迷・減少の影響が大きいと言わざるを得ません。
したがって、日本の生産性の問題は、中小企業の問題というよりは、わが国の下請けや中間搾取の構造問題であり、こうした問題にメスを入れない限り、真の生産性改善を実践している中小企業が飛躍する機会が得られず、逆に、アトキンソン氏の主張通りに、真の生産性改善を実現している中小企業を整理淘汰するのは、日本経済の土台を切り崩し、弱体化させるだけといえます。
もう少し具体的に言えば、中小企業の売上高低迷の原因は、大企業が、デフレや新興国企業の勃興による国際競争力の低下などによる需要(=売上高)減少に直面した際、付加価値向上による真の生産性改善ではなく、人件費削減(雇用削減)や下請け企業による納入価格の切り下げなどによって生産コストを引き下げ、少ない売り上げでも利益を出す仕組みを構築したことによる影響も指摘できますし、さらに言えば、短期利益を追求する株主の利益を最優先する姿勢があった可能性も指摘できるでしょう。
このように、日本の生産性低迷は、中小企業の問題ではなく、大企業の問題なのです。