ビル・ゲイツが注目する“知の巨人”バーツラフ・シュミルが説く「脱成長との向き合い方」 | 経済成長が「タバコ」のように有害だと気づく日が来る | クーリエ・ジャポン

★★★:バランスよく議論できる
★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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Nov 26, 2019 07:19 AM
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調査、データ、観察的
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中国では大規模な開発がいまも国の各地で進んでいる Photo: Wu Dongjun / Visual China Group / Getty Images
読書家として知られるビル・ゲイツが、新著が出るのを「『スター・ウォーズ』の新作を待つファンと同じような気持ちで待っている」と語るほどの“知の巨人”がいる。カナダのマニトバ大学環境学部のバーツラフ・シュミル名誉教授だ。
日本でも『エネルギーの人類史』など数冊の著作が邦訳されているシュミルは、発展史の分野における世界屈指の思索家、そして統計分析の第一人者とみなされている。今年9月に新刊『成長―微生物から巨大都市まで』(未邦訳)を著したシュミルに英紙「ガーディアン」が話を聞いた。
──あなたのように数字で世界を描き出す研究者は、おそらく他にいないのではないでしょうか。2003年以降、中国はアメリカが20世紀全体を通じて使用した量のセメントを3年ごとに使用し続けてきた、という驚愕の統計を掘り起こしています。 また2000年には、人類全体の乾燥質量(水分を取り除いた質量)が1億2500万トンであるのに対し、自然界に暮らす脊椎動物全体の乾燥質量はわずか1000万トンであることを算出しました。さらに現在は、森林や脳の健全な発達から肥満や大気中の二酸化炭素の不健全な増加まで、さまざまな成長の形態を研究しています。 こうした奥深い問題に言及する前に、ご自分を“統計オタク”だと思っているかをお聞きしてもいいでしょうか。
まったく思いませんね。私は世界や状況をありのままに説明する、ただの昔ながらの科学者です。それだけのことですよ。「生活は良くなっている」「電車は速くなっている」と言うだけでは不充分です。数字を提示しなければ。今回の本は、私の主張を数字で強化する試みです。私の主張が事実であり、異議を唱えるのは困難であることがわかってもらえるように。
──『成長』は大著です。20万語近くにおよび、あなたの他の多くの研究も融合されていて、世界中を網羅し、はるか昔の過去からはるか先の未来まで取り上げています。ご自分の代表作だと思いますか。
成長をテーマに、意図的に大作を書くつもりでした。ある意味では、かさばって不便な、非常識な本です。この本から何冊もの本を取り出すことができます。経済学者なら、GDPや人口の成長について読めばいいですし、生物学者は生物や人体の成長について読めばいい。
ですが、私はそのすべてを一つの屋根の下にまとめたかったのです。物事がどれほど否応なくつながり合っているか、そして、どのように一つの極めて明確な事実が共通しているかがわかるように。それは、「成長は終らざるを得ない」ということです。経済学者たちの多くは気付いていないようですが。
──私が初めてあなたの研究を知ったのは、中国の環境問題に関する本を執筆していたときのことです。求めていたデータを何度となくあなたの研究に見つけました。あなたのデータによって、公式統計の多くがどれほど怪しいかが露呈することもよくありました。あなたは「でたらめ退治屋」と称されたこともありますね。それが目標でしょうか。
私は共産圏時代のチェコスロバキアで育ちました。人生の26年間をあの悪の帝国で過ごしたので、たわごとは許せません。人類の明るい明日、素晴らしい未来といった、共産党のプロバガンダに囲まれて育ったので、そういったものにはこの上なく批判的です。
この本に書かれているのは、私の意見ではありません。事実です。私は論説は書きません。完全に事実に裏付けられた物事を書いています。
──過度にバラ色な予測の誤りを証明していますね。人類の問題はすべてより賢いコンピュータで解決できると主張するテクノロジー楽観主義者や、資本主義の永遠の成長を約束する経済学者が提唱しているような。 多くの国では、いまや物質的な発展のマイナス面がプラス面より大きくなっているように見えます。それは、あなたが言うところの「生態系への人為的な冒瀆(ぼうとく)」につながる。要約すると、そういうことでしょうか。
ええ、そういうことだと思います。生物圏が健全でなければ、この星に生物は存在し得ません。とても単純な話です。それだけわかっていれば充分なのです。
経済学者は、成長と物的消費を切り離すことができると主張するでしょうが、それはまったく馬鹿げた話です。歴史上の証拠から、残される選択肢は非常に明白です。生物圏の衰退に対処しなければ、私たちはそれに屈し、消え去ることになります。
最大の希望は、何らかの対処方法を見つけることです。私たちは現在、50年前や100年前に比べ、対処法を見つけやすい状況に置かれています。知識がずっと膨大になっていますから。腰を据えれば、何らかの方法を考え出すことができるでしょう。痛みを伴わずに、というわけにはいきませんが、その痛みを最小限に抑える方法は考え出せるはずです。
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バーツラフ・シュミル Photo: Wikimedia Commons
──GDP成長への期待を変えなければならないということですか。
そうです。単純な事実として、私たちは知っています。ずっと以前から知っているのです。たとえ幸福をどのように定義しようと、GDPの規模によって人生の満足度や心の平静、幸福感が高まることはないと。
日本を見てください。かなり豊かな国ですが、日本人は地球上で最も不幸せな人々に数えられます。
それでは、最も幸せな人々のトップ10に必ず入っているのは、どこの国の人々でしょうか。フィリピンです。日本よりずっと貧しく、台風にも苦しめられていますが、日本の隣人たちの何倍も幸せです。一定の水準に達すると、死亡率の低下や栄養状態、教育分野にもたらされるGDP成長の恩恵は頭打ちになるのです。
──その状態が黄金比ということでしょうか。私たちが目指すべきはそこであり、成長が有害になったり、がんになったり、環境を破壊したりするようになるまで突き進むべきではない、と。
まさにその通りです。そうなるといいですね。私たちのエネルギーや物質の消費は、半減すれば1960年代ごろと同じ水準に戻ります。重要なものを失うことなく、消費を削減することができるのです。
1960年代や70年代の欧州では、暮らしはひどいものではありませんでした。コペンハーゲンに住む人が3日間の滞在のためにシンガポールへ飛ぶことはできなくなりますが、それが何だというのでしょう。だからといって、その人の人生が大きく変わることはありません。みんな、自分たちのシステムがどれほどゆとりのあるシステムなのかに気付いていません。
──ケネス・ボールディングが唱えた「カウボーイ経済」と「宇宙飛行士経済」の違いを引用していますね。前者は、土地が果てしなく広がり、資源消費の機会が無限にあるように見える経済です。後者は、地球という星はどちらかといえば閉ざされた宇宙船のようなもので、私たちはその資源を注意深く管理しなければならないという発想の経済です。 難しいのは、一方からもう一方の考え方に移行することです。しかし、人類の歴史は何千年ものカウボーイ時代と、わずか数十年の宇宙飛行士時代からなっています。私たちは、生来カウボーイになるようにつくられているのではないでしょうか。
東西のどちらの伝統にも、倹約、身の丈に合った暮らし、思索にふける人生という伝統が深く根付いています。昔からずっとそうです。
いまは、もっと大量の消費、もっと広い浴室、もっと大型のSUVを求める声のほうが大きくなっていますが、このままでは持たないことはいっそう明白になっています。
喫煙のようになると思いますね。50年前はそこら中に喫煙者の姿がありました。ですがいまでは、人々が肺がんとの明確な関連性に気付いたことから、喫煙は制限されています。物質的な発展が導く先に人々が気付いたとき、同じことが起こるでしょう。私は時間の問題だと思います。
──リスクが手に負えないレベルになる前に宇宙飛行士経済の方向へ進むには、どうすればいいのでしょうか。
それに答えるためには、世界全体を基準に議論しないことが重要です。異なる人々に対し、それぞれに合わせたり、的を絞ったりしなければならないアプローチがたくさんあるからです。
トーマス・フリードマンが提唱した、致命的な考え方があります。世界は“フラット”で、いまやどこも同じになっているため、一つの場所でうまくいくことは他のどの場所でもうまくいく、という考え方です。ですが、それは完全な誤りです。
たとえば、デンマークにはナイジェリアとの共通点など何もありません。地域によって為されるべきことは違ってきます。ナイジェリアに必要なのは、より多くの食糧とより大きな成長です。フィリピンでも、そういったものがもう少し必要です。
ですが、カナダとスウェーデンでは、現在ほどの食糧と成長は必要ありません。異なる視点から考えなければならないのです。地域によっては、経済学者が言うところの「脱成長」を促さなければなりません。一方で、成長を促さなければならない地域もあるのです。
PROFILE
バーツラフ・シュミル 1943年チェコ生まれ。カナダのマニトバ大学環境学部名誉教授。カナダ王立協会フェロー。1965年にプラハのカロリナム大学を卒業したのち、チェコ動乱を機に国を離れ、1972年にアメリカ・ペンシルベニア州立大学院で博士号を取得。エネルギーシステム、環境変化、技術進歩の歴史とエネルギー、環境、食料、経済、人口の相互作用など学際的な研究を続けている。