“黒い雨”訴訟 上告せず 政治決断の裏に何が… | NHK政治マガジン

★★★:バランスよく議論できる
★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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Aug 5, 2021 11:12 PM
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衆議院議員の任期満了が10月に迫っている。 与野党が激突する政治決戦を前に、自民党内では「党の公認」をかけた激しい争いが続いている。 真夏の暑さのように激しさを増す公認をめぐる争いの現場。 後編となる今回は、前総理・安倍晋三の出身派閥である細田派と、党の幹事長・二階俊博が率いる二階派が激突する「令和の上州戦争」を追う。 (関口裕也、古垣弘人)
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“保守王国”に異変あり

福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫と、戦後4人の総理大臣を輩出し「保守王国」とも称される群馬。
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その県都・前橋市を含む群馬1区では、現職で自民党細田派の尾身朝子が立候補に向けて活動している。
尾身は当選2回。ITコンサルタントなどを経て、平成26年の衆議院選挙で北関東ブロックの比例単独で立候補し、初当選。前回選挙は、群馬1区から立候補して2回目の当選を果たした。父親は、財務大臣などを歴任した尾身幸次だ。
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この群馬1区にもう1人、立候補に意欲を示している自民党の現職議員がいる。二階派に所属し、前回の選挙で1区からの立候補がかなわず、比例代表に回った当選1回の中曽根康隆。“大勲位”と呼ばれた昭和の宰相・中曽根康弘を祖父に持つ。父は外務大臣を務めた参議院議員の弘文で、政治家一家に育った。
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前橋市内では、尾身と中曽根のポスターが並んではられている様子が散見される。

先手を打った安倍

まず動いたのは、前総理大臣の安倍晋三だ。 尾身が所属する細田派は、かつて福田赳夫が旗揚げし、安倍の父・晋太郎も会長を務めていたことでも知られる。そして、総理大臣を退任した安倍は、派閥復帰こそしていないものの、所属議員の支援に精力的に取り組む姿を見せている。
6月25日。 東京都議会議員選挙が告示されたこの日、安倍は、荒川区での応援演説を終えるや否や、新幹線に飛び乗り、群馬に向かった。尾身が開いた集会に出席するためだ。
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安倍は、1000人近い支援者を前に、尾身が地元のために着実に活動していると賛辞を送った。そして「この群馬1区は尾身朝子で決まりだ。どうかみなさん、ご安心下さい」と断言した。
このあと安倍は記者団の取材に応じ、尾身が引き続き、自民党公認として群馬1区から立候補する正統性を強調した。
「前回の選挙で、尾身さんは完勝した。活動にも、もちろん全くかしはなく、一生懸命、地元で活動している。尾身さんが公認候補で無くなることはあり得ない」
そして、尾身の公認を前提に、中曽根の処遇についても党本部と県連とで十分に協議し配慮するよう求めた。
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「(中曽根)康隆さんも、もちろん優れた人材なので、前回の選挙の時も比例の名簿に我々は登載した。どのような形で議席を守るかについては、本人や県連、党本部でよく協議してもらいたい」

父の地盤を継いで

小選挙区制度が導入された平成8年の選挙以降、自民党は、群馬1区で2人の現職が選挙のたびに小選挙区と比例代表を交互に立候補する、いわゆる「コスタリカ方式」をとってきた。平成8年に最初に立候補したのが尾身の父親の尾身幸次、次の平成12年に立候補したのが行政改革担当大臣などを務めた佐田玄一郎。 必ずもう1人が比例代表に回り、当選を重ねていった。尾身幸次は、民主党政権が誕生した平成21年の選挙で落選し、政界を引退した。
父の落選から8年後の前回の選挙で群馬1区から念願の当選を果たした尾身。「尾身家の地盤」として、小選挙区を簡単に明け渡す訳にはいかないのだ。 安倍に続いて記者団の取材に応じた尾身は改めて決意を示した。
「安倍前総理から、自民党公認というお墨付きをいただいた。公認候補として群馬1区で勝ち抜いていくため、全力で頑張りたい」

祖父の遺志

対する中曽根。
小選挙区での立候補、そこにはある特別な思いがある。平成8年の衆議院選挙での小選挙区制度の導入に伴い、祖父・康弘は、党執行部から比例代表の終身1位で処遇することを確約され、小選挙区での立候補を見送った。
ところが7年後の平成15年。 当時の総理大臣・小泉純一郎は、比例代表の候補者は73歳未満とする党のルールの導入にあたり、総理大臣経験者であっても例外を認めない考えを表明。当時85歳だった康弘は「政治的テロだ」と反発したものの、最終的には立候補を断念。
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56年に及ぶ国会議員としての活動に幕を閉じざるを得なかった。この時、幹事長として康弘に党の決定を伝えたのが安倍晋三だった。
孫の康隆は、おととし101歳で死去した「祖父の遺志」を胸に「しっかりと自分の名前を書いてもらって勝ち上がりたい」と繰り返し、小選挙区での立候補に強い思い入れをみせているのだ。
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尾身が安倍を招いて開いた会合から、およそ3週間後。 今度は、中曽根の後援会の会合が前橋市内で開催された。 当初は、二階の側近で幹事長代理の林幹雄のみが出席する予定だった。 しかし最終的には、派閥を率いる二階自身が前橋入りすることを決めた。
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挨拶に立った二階は、群馬1区での公認の取り扱いについて直接の言及を避けながらも、中曽根が党勢拡大に貢献していると強調し、賛辞を送った。
「党内で競い合っている党員獲得で、中曽根さんは国会議員の中で8番目。中曽根という銘柄にだけ頼っているんじゃなくて、自ら切り開こうという決意の表れだ。若手の中で本当に群を抜いて将来が嘱望される存在だ」

尾身の “チラシ”

そして、このあと挨拶した幹事長代理の林は、ある動きに言及した。
「けさ(公認が)決まったようなチラシが入っていたっていう話を聞きましたが、全然決まっていません。全くのでたらめだ」
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実は中曽根が会合を開いたこの日、地元で配られた新聞の朝刊に、尾身側が後援会の広報紙を入れていた。安倍が参加した先の会合の様子を特集し、群馬1区の公認は尾身で決まっていると強調したものだった。
林は、この内容を真っ向から否定した上で、こう続けた。
「次はやはり強い方が選挙区で戦ってもらうというのが道理なんです。そうでしょ。どこかの政党に『2番じゃダメですか』と言った人がいますけど、2番じゃダメなんです。自民党にはランクがあります。調査はきっちりします」
林は、党が実施する情勢調査で、中曽根がほかの立候補予定者と15ポイント以上の差をつければ、公認を決める上で有利になるという認識を示した。
かつての中選挙区時代、福田赳夫と中曽根康弘の総理大臣まで務めた2人の派閥領袖によるトップ争いは、あまりの激しさから「上州戦争」とも称された。 いまの群馬1区は、それになぞらえて、尾身と中曽根による「令和の上州戦争」というわけだ。

野党も”混戦”

一方の野党。自民党どうしの公認争いが続いている群馬1区では、野党側も3人が立候補への準備を進めていて、混戦の状況となっている。
野党第1党の立憲民主党からは2人が立候補に意欲を示しているほか、共産党が公認を決定。今のところ、立憲民主党と共産党との間で候補者調整は具体化していない。
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新人の斉藤敦子は、2年前の参議院選挙で群馬選挙区に立憲民主党公認で立候補したが落選。党の群馬県連は去年秋に斉藤を公募で選び、党本部に公認申請している。斉藤は、これまで看護師や保健師として病院で勤務してきた経験を踏まえ、新型コロナウイルス対策の強化などを訴える予定だ。
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元議員の宮崎岳志も立憲民主党からの立候補を模索している。宮崎は地元の新聞記者を経て、平成21年の衆議院選挙で群馬1区に民主党の公認候補として初当選。今回、公募で選ばれず、党側に働きかけを続けている。コロナ禍で国民生活は厳しいとして消費税率の引き下げや大胆な現金給付などを主張している。
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共産党は新人の店橋世津子を公認候補として擁立する方針だ。店橋は前橋市議会議員を務めたあと、衆参の国政選挙や前橋市長選挙に立候補。いずれも及ばなかったが、この地での政治活動は長い。保育士の経験をもとに子育て支援の充実に力を入れ、コロナ対策では中小企業への支援強化などを訴えることにしている。

細田派VS二階派は ほかにも

細田派と二階派が争う小選挙区は、群馬1区だけではない。
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新潟2区では、細田派の細田健一と、旧民主党出身で自民党入りし、二階派に所属する鷲尾英一郎の2人の現職が立候補する構えだ。 ほかに、共産党の新人・平あや子、国民民主党の新人・高倉栄が立候補を予定している。

臆測呼ぶ”安倍・二階会談”

派閥間抗争の様相も呈する中、ある会合が注目を集めた。 6月30日の夜。 東京・赤坂の日本料理店には、側近議員を従えた安倍と二階の姿があった。 関係者によれば、会合は二階が立ち上げた議員連盟の最高顧問に就任した安倍への礼の意味を込めて開かれたものだという。
コロナ禍で酒類の提供自粛が要請されていた折、ウーロン茶を片手に食事が進む中で、話題は、安倍政権時代の思い出話から、自然と次の衆議院選挙へと移っていった。 細田派と二階派が争う群馬1区や新潟2区についても意見が交わされたという。 それぞれの公認についての結論は出なかったとされているが、安倍と二階との直接の会談で、どのような意見が交わされたのか、さまざまな臆測を呼んでいる。
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熱い夏はどう結実するか

2回にわたって自民党内の公認争いの現場を見てきたが、同様に調整が必要な選挙区は、依然として10程度に上っている。 そこには選挙のあと、党内での発言力やポストを確保するためには、1人でも多くの議員を取り込みたいという各派閥の思惑が透けて見える。
しかし、新型コロナの感染拡大に歯止めがかからず、内閣支持率が低下する中で、党内では「コップの中の争いに興じている場合ではない」と危機感を募らせる声も出始めた。
衆議院の解散・総選挙は9月以降と目される中、自民党内の「熱い夏」は「実りの秋」に結実するのか。 派閥の思惑はどうあれ、それを最終的に決めるのは、有権者にほかならない。 (文中敬称略・各選挙区の立候補予定者は公開日現在です)
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“コロナで3年間しかない貴重な高校生活が制限されて悔しい。このままでは人生一度きりの高校生活が何もできなくなってしまう”
都内の高校3年生から寄せられた声だ。我慢の生活を続けているのは大人だけではない。 緊急事態宣言下、2度目のオリンピック開幕を迎える東京。 重苦しい空気の中で高校生から聞こえてきたのは、“普通に学校生活を送れるようにして欲しい”という素朴な願いだった。 (桜田拓弥)

人生一度きりの高校生活が…

今年5月。2か月後に迫った東京都議会議員選挙に向けて、NHKはある準備を進めていた。 都議選の候補者全員に政策についての考え方などを問う「候補者アンケート」。
私はその設問に、初めて有権者となる高校3年生からの意見を取り入れようと考えた。取材で知り合った都立高校の先生に協力を依頼したところ、わずか2週間の期間ながら5校の生徒およそ50人が候補者に言いたいことや聞きたいことを寄せてくれた。
内容は多岐にわたっていた。 待機児童問題や出産サポートなど政策にまつわるもの。 都立高校の全日制普通科の入試に男女別の定員が設けられているのはおかしいのでは?という具体的な意見。 ちゃんと公約を守るのか?という議員の姿勢を問うもの。 高齢者と若者のどちらに重点を置いて政策を考えていきたいかという切っ先鋭い質問もあった。
それでもやはり目についたのが、一変した学校生活に関するものだった。
「コロナで私たちは大人以上に我慢を強いられています。都立高校へのコロナ対応を考え直してくれませんか?」
オリンピックに絡めた意見もあった。 「オリンピックは行うのにどうして子どもの行事は中止なんですか。都外から人を呼ぶわけでなく、私たち生徒と保護者だけなのにどうしてそれすらさせてくれないのでしょうか?」
「私たちは部活も行事もできず行動が制限されているのに、どうしてオリンピックだけ開催できるのですか?」

思い描いた生活と全然違う

私はアンケートに協力してくれた高校の1つ、都立蒲田高校を訪れた。
話を聞かせてくれたのは3年生の田中未笑(みにか)さん。 小学生の時、6歳違いの高校生の姉が学校祭で踊っていたダンスに憧れ、念願のダンス部に入部した。今は部員6人の小所帯ながら部長を務めている。
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「ダンスの振り付けは私たちが考えて後輩たちに教えています。人数は少ないですけどみんなで仲良く活動しています」と、はにかみながら教えてくれた。
私が訪問した日は授業が午前中で終わり、午後2時前から練習が始まった。しかし、片付けを始めたのは午後3時半。1時間半ほどの活動時間だったが、この日はまだ練習できたほうだという。
多くの人が行き交うJR蒲田駅が最寄りのこの高校では、去年初めて東京都に緊急事態宣言が出て以降、感染防止対策としてサラリーマンの帰宅ラッシュの時間を避けるため、生徒は午後4時までに完全下校する措置を取っている。ふだんは午後3時近くまで授業があり、部活動にあてられる時間はほとんどない。
「それまでは週5日、平日は午後6時まで練習していました。でも今は週3日に減って、練習もほとんどできないです」
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ダンス部の最大の目標は、毎年2月に都内の約60の高校が一堂に会してパフォーマンスを披露し合う発表会だ。
しかし、ことしは2度目となる緊急事態宣言のまっただ中。早く収束して欲しいという願いもむなしく、中止が決まった。 3年秋に引退するため、田中さんにとって最後になるはずだった晴れの舞台は、あっけなく失われた。
「想像はしていましたけど、中止って聞いて『やっぱりないんだ』って。悔しいとか悲しいっていうのはなかったです。しょうがないかっていうだけで」
行事も部活もできない日々。田中さんはため息を押し殺してつぶやいた。
「自分が思い描いていた高校生活とは全然違う。去年1年間は何も思い出がありません。学校に行ってただ授業受けて帰るだけで全然楽しくなかった。私、高校を卒業したら就職しようと思っているので学生生活あと少ししかないんです。もっと友達と遠出したりしたかったな」
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NHKは都議選に立候補した271人の候補者に対して次のような質問を投げかけた。
「緊急事態宣言の期間中、都内の高校では部活動や修学旅行が取りやめになるケースも出ています。これについて、あなたはどちらの考えに近いですか。(a)「宣言中は、感染拡大防止のため一律に取りやめるべき」(b)「各地の感染状況を踏まえて、柔軟に判断すべき」
アンケートに応じた266人のうち、(b)の「柔軟に判断すべき」は249人で、94%にのぼった。候補者のほとんどが、アンケートの上では“今の高校生活をなんとかしてあげたい”という思いを持っている結果となった。

届け、私の1票

募っていくやるせない気持ちを投票に託した生徒もいた。田中さんと同じ蒲田高校に通う3年生、金子由依さん。 ことし4月に誕生日を迎え、都議選が初めての選挙になった。
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去年1年間を振り返り、「正直、3年生になった実感が全然ないんですよね」と話す金子さん。体育祭や修学旅行など楽しみにしていた行事がほとんど中止になり、分散登校によって毎日学校へ通う生活すら当たり前ではなくなった。
もともと政治や選挙に全く興味も関心もなかったというが、都議選をテーマにした学校の授業で、“考え続けるきっかけになるのが選挙だ”と教わり、投票してみようと思ったという。
学校帰りに期日前投票に行くというので、同行させてもらった。 前日にはネットで各候補者の訴えや政策を見比べてきたという金子さん。 投票所の前に着くと、投票所入場券を手に「どうやって投票するのか分からない」と少し緊張気味に話した。 「意中の候補者は決めました。投票、行ってきます」
1票を投じた金子さん。
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選挙結果が出た後日、再び話を聞いた。
「投票日はInstagramで『友達と投票行ってきたよ』と投稿している知り合いが結構いました。投票所が卒業した小学校だったみたいで、懐かしいって盛り上がってましたよ」
投票した候補者が当選したのかどうか気になって、ドキドキしながらテレビの開票速報番組も見ていたという。初めての選挙を終えた心境をこう語ってくれた。
「当選した人たちには、早く普通に高校生活が送れるようにして欲しいというのが一番の願いです。今後の選挙でも自分の思いを実現してくれそうな人を見つけて、投票に行くことが大事だと思っています」

“仕方ない”で終わらせない

選挙権年齢が18歳以上になってから5年が経ったが、18歳や19歳の投票率は年々下落傾向にある。 蒲田高校で公民を教える淺川貴広先生は、主権者教育を担う教員の中でも危機感が広がっているとした上で、生徒たちにこんなメッセージを寄せた。
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「コロナ禍で、生徒たちの政治への距離感は縮まったようにも思いますが、常に世の中のことに興味関心を持ち続けるのは難しい。それでも、なんかおもしろそうだなとか、逆にこれはおかしいなと思った最初の気持ちを忘れない、そしてその気持ちをずっと持ち続けられる主権者になって欲しいと思います」
田中さんも金子さんも、有権者として初めて迎えた都議選で、自分の意見を伝えようと投票に行っていた。
少子高齢化の中で、高齢者の意見が重みを持つ“シルバーデモクラシー”が政治を動かす場面が多いと指摘されている。生徒の声をどれだけ現実の判断に反映させることができるのか、受け止める政治の姿勢も問われている。
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知事選を来年に控えた沖縄。 与野党が伯仲する沖縄県議会でキャスティングボートを握る議長が、知事の玉城デニーとの間の溝を深めている。 議長と知事はなぜ決別し、対立を強めているのか。 沖縄の政界でいったい何が起きているのか。 (西林明秀、小手森千紗)

相次ぐ前哨戦

7月11日に投開票が行われた、那覇市議選。 来年秋までに行われる沖縄県知事選の前哨戦として注目された。
那覇市議会の定員は40。結果は城間市長の与党で党派を超えて玉城知事を支える「オール沖縄」の勢力が1議席減らして14議席となる一方、自民・公明両党など市長を支持しない勢力が選挙前より5議席増やして19議席と過半数まであと2議席まで迫った。 自民党にとっては、次の衆院選や知事選に向けて大きな弾みとなった。
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沖縄では、知事選は県内政治決戦の天王山として特別な意味を持つ。 アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設計画も絡んで、中央政界も巻き込んで県内を二分する大規模な選挙戦が展開される。 その天王山の前哨戦として、沖縄ではこの半年余りの間に那覇市議選を含めて4つの選挙が行われた。そこで異変が起きている。

赤嶺議長 元々は玉城側

沖縄県議会議長の赤嶺昇(54)。 玉城知事を支える県議会の与党会派「おきなわ」のメンバーでありながら、去年6月の県議選後、自民党が主導する形で電撃的に議長に選出された。 沖縄政界の今後のキーマンと言ってもいいだろう。
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赤嶺はブラジル・サンパウロ生まれ。沖縄からは、かつて多くの県民が豊かさを求めて海外へと渡っていった。ブラジルへの移民は110年以上の歴史を持つ。赤嶺は移民2世だ。
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幼い頃、ブラジルの自宅が強盗被害に遭い、11歳の時、家族そろって沖縄に引き揚げてきた。言葉も分からなかったが、最も驚いたのは給食がすべての子どもに平等に与えられることだった。ブラジルの小学校では、家庭の経済状況によって昼食時に食べるものが違っていた。この時の経験から、29歳で浦添市の市議会議員になって以降、子育て・教育支援の重要性を訴えてきた。
赤嶺は、衆議院議員時代の玉城の選挙を10年以上にわたり手伝ってきた。そして2018年の翁長前知事の死去に伴う知事選の時には玉城を支援した。 「我々は玉城デニー氏の態勢構築に向けて、全力で頑張っていく」
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玉城の立候補を後押しして、立候補会見にも同席した。
そんな赤嶺が、この半年間、沖縄の政界で物議を醸してきている。

総理から電話 支援を求められたが…

「菅です。松本さんをお願いします」 今年の初め、赤嶺の携帯電話が鳴った。登録していない番号だった。
電話の相手は、菅総理大臣。 浦添市長選を2月7日に控え、自民・公明両党が推薦した現職の松本哲治を支援してほしいという内容だった。 この市長選も知事選の前哨戦として注目された。 現職市長の松本が、玉城知事を支える「オール沖縄」が支援する新人の伊礼悠記と、激しい選挙戦を展開していた。
浦添市は赤嶺の地元で、前々回の県議選(前回は無投票)では9845票を獲得しトップ当選を果たしている。 その赤嶺に、総理がみずから電話をかけてきたのだった。与党内の分断を図ろうとしたのだろうか… しかし赤嶺は態度は明確にせず、動かなかった。

応援が逆鱗に触れた

そんな中、玉城のある行動が赤嶺の逆鱗に触れる。 市長選の告示後、玉城が伊礼の応援に入ったのだった。
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伊礼は、アメリカ軍那覇軍港の浦添移設計画に反対を訴えていた。 那覇市にある那覇軍港を、浦添市沖に移設する計画は、経緯と立場が複雑に入り組んだ基地問題の一つで、選挙戦の争点となっていた。
玉城を支える与党のうち共産党は、移設ではなく無条件の早期返還を求めているが、沖縄県は亡くなった翁長前知事時代から移設を容認する立場だった。
「軍港移設反対を打ち出している候補に応援なんて、翁長さんへの裏切り。来年の知事選を見据え、みずからを支援する共産党の顔色をうかがっての行動だ」
赤嶺の目にはそう映った。

与党が野党候補を推薦!?

玉城の応援入りから2日後の2月5日、赤嶺は驚きの行動に出る。 赤嶺が所属する県政の与党会派「おきなわ」が、2か月後の4月に予定されていた、うるま市長選で、自民が推薦する元うるま市議の中村正人に推薦を出したのだ。
うるま市長選も知事選の前哨戦として位置づけられ、玉城知事を支える「オール沖縄」が支援する沖縄国際大学の名誉教授、照屋寛之との一騎打ちが予定されていた。
与党会派が野党が推薦する候補を推薦するという異例の展開に県内政界に激震が走った。 「知事の浦添入りが、この決断に踏み切らせたと言っても過言ではない。ただの推薦ではなく、知事と対立していくという意味を込めた推薦だ」
電話ごしで記者にそう語る赤嶺の言葉には、玉城への対決姿勢があふれていた。 これは同時に、玉城の足元を大きく揺さぶることを意味していた。
県議会では、与党が25議席に対し、野党・中立があわせて23議席と、2議席差できっ抗している。赤嶺の少数与党会派「おきなわ」は、所属議員が3人と少数ながらも県政のキャスティングボートを握っているのだ。
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つまり、赤嶺の行動は、知事を支える与党が今後、過半数割れを起こす可能性を意味している。 これまで表だった知事批判をしなかった赤嶺が、知事への敵意を鮮明にした瞬間だった。
一方の玉城。
記者の取材に対して、赤嶺の行動をこうこぼした。 「はあ?と言いたくなるね。県政を批判したいだけがための行動だ」
玉城を支える「オール沖縄」からも、赤嶺への批判が相次ぐ。
玉城側近の県議は「化けの皮が剥がれた。彼は正真正銘『オール沖縄』ではなくなった。徹底的に干してやる」と勢い込む。

加速する玉城批判の末

うるま市長選の告示日。
「この沖縄県は、離島県でありながら、コロナの感染が蔓延している。はっきり申し上げます。玉城県政のコロナ対策は失敗でございます。沖縄の経済、いまの沖縄の状況は人災ではないかと思います」
赤嶺は、自民が推薦する中村候補の街頭での応援で玉城批判を加速させる。 あからさまに玉城の県政運営をたたいて、中村陣営を湧かせた。 赤嶺は取材に対し「思ってたことを言っただけ」と言ってみせた。
当選したのは中村だった。開票を見守る中村のすぐ後ろには赤嶺の姿があった。
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赤嶺が地盤のないうるま市で、実質的な選挙支援をできた訳ではなかったが、玉城に弓を引き始めたことを世間に強く印象づけた。
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玉城は語った。 「私の力不足ですよ。ひっくり返せた選挙ですから」
浦添市長選に続き2連敗を喫し、知事選を控える玉城にとっては、手痛い結果となった。

最大の感染拡大の波を “玉城おろし”に

5月に入ると沖縄は感染拡大の波に襲われた。 大型連休の直後から新規感染者数は増え続けた。5月下旬には人口10万人あたりの新規感染者数が全国最悪にまで悪化し、新規感染者数が初めて300人を超えた。県民がこれまで経験したことがない感染拡大の波に突入した。
新規感染者数が300人を超えた夜、赤嶺は自民党と公明党と共同で記者会見を開いた。
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その会見で配られたペーパーは3者連名で、驚くべき文言が書かれていた。 「新型コロナウイルス沖縄県対策本部長に担当の副知事を充てることを求める要請」
つまりは、新型コロナの陣頭指揮を執る対策本部長から、玉城を引きずりおろそうとしたのだった。
玉城にこれ以上、沖縄のコロナ対策を任せておけないという赤嶺の決意の表れだった。

決別 その狙いとは

来年の知事選に向けて、沖縄ではこのあとも重要な選挙がめじろ押しだ。 名護市長選、石垣市長選、沖縄市長選、そして、知事選、直後には那覇市長選と続き、いずれも知事選に直結する重要な選挙となる。
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県議会の中では、赤嶺が知事選への立候補を目指すのではないかとの見方がある。 3年前に翁長前知事が亡くなった直後、赤嶺の名前が知事候補として挙がったこともある。 狙いは何なのか。本人に聞いてみた。
「それは自分が決めることではない。一県議が出たいですと言って自分から手をあげるものではない」
では、知事選で赤嶺はどう動くのか。
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「より良い人材が出れば、その人が『オール沖縄』でも自民でも応援する。玉城県政でもう1期やると、県民の命と生活は守れない」 玉城との決別を明確にしてみせた。

「政治の世界は甘くない」

こうした動きに対して、玉城は警戒感を強める。
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玉城は周囲に語気を強めてこう語っているという。 「赤嶺が知事選に出たいのは、前から目に見えている。ここまでの行動をとる魂胆には、最後は自民党とくっつくところまで描いているんだろう。ただ政治の世界はそんなに甘くないと彼に伝えたほうがいい」
自民はいまだ玉城の対立候補を立てられていない。 依然、根強い人気がある玉城に立ちはだかる候補は出てくるのか。そして赤嶺はどう動くのか。
秋までに行われる衆院選もにらみながら、沖縄の政界は来年秋に向けて早くも熱を帯び始めている。 (文中敬称略)