送りバントは有効か。スポーツのAI活用で必要な議論(前編)

★★★:バランスよく議論できる
★★☆:意見を吟味する
★☆☆:客観的情報
☆☆☆:議論用ではない
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ある特定のオピニオンが述べられる
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May 13, 2020 02:46 AM
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事実ベース
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立体的(多角的)
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考察的・思想的
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調査、データ、観察的
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「私がやっている卓球は、100メートルを走りながらチェスをしているようなもの」――卓球日本代表の石川佳純
「ブロックの確率を上げるのは、じゃんけんのような世界」――日本バレーボール協会の渡辺啓太アナリスト
スポーツの世界では、トップアスリートになればなるほどプレーは感覚的に行われている。彼らがどうやって瞬時に状況判断し、実際に体を動かしているのか、的確に言語化するのは当人であっても容易ではない。
その一方、テクノロジーの進化により、選手の感覚的な部分が可視化されるようになってきた。
たとえば、プロ野球ではトラックマンという弾道測定器でボールの速さ、回転数、角度などを自動計測できる。これまで選手やコーチが感覚的に話してきた部分を数値化することで、対話の共通理解や指導の合理性を高められることの意味は大きい。
Jリーグでは2015年からトラッキングシステムが導入された。専用カメラで選手とボールを自動追尾し、速度や距離、加速度、移動エリアを測定することで、選手やチームのレベル向上を図り、同時にファン向けのエンターテイメントとしても活用されている。
さまざまな技術者やアナリストがそれぞれのアプローチを見せるなか、今後、こうした分野で特に注目されるのがAI(人工知能)だ。
車の自動運転などに活用されるこの技術は、スポーツの世界も大きく変える可能性がある。
同社の開発する「ORINAS 」というAIは、「スペシャリストの思考をAI化」しようとしている点に特徴がある。
「通常のAIは、ビッグデータ解析型です。データをとってきて、クラスタリングしながら特徴量を出していきます。ただし、ビッグデータから特徴を見いだすと、多数決の答えや画一的な答えしか出てこないから面白くありません。ここから見たらどうだろうとか、この角度から見たらどうかとか、人の視点があるから分析は面白い。それがないAIは面白くないので、僕らはスペシャリストの思考を抽出しようとしています」
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(撮影:中島大輔)
冒頭で述べた「100メートルを走りながらチェスをする」や「じゃんけんのような世界」とは、個人の感覚的な表現だ。他者にとっては何となくわかるようで、その感覚を100%理解するのは難しい。
しかし、そうやってあきらめては思考放棄だ。AIを扱う分析者として、乙部はスペシャリストの感覚を解き明かそうとしている。
「100メートルを走りながらチェスをするのは人間には難しいけれど、チェスであればAIで分析できます。ブロックの確率を上げるのはじゃんけんのような世界だったとしても、じゃんけんをひたすら繰り返せば傾向が見えてくるので、じゃんけんなりの分析ができます、というのが僕らの視点です」
たとえば、バレーボールの名セッターがセオリーから外れるようなトスを上げて、相手をあっと驚かせてスパイクが決まったとする。すると、そのトスは「ひらめき」という評価になる。
そうしたプレーは頻出するわけではないが、そのセッターが次に同じようなセオリー外れのトスを上げた局面を分析すれば、「ひらめき」がどうやって行われたかを可視化し、ほかの選手も実践することが理論上では可能になる。
つまりプレーの分析を深めていけば、強化面にも生かせるようになるのだ。
「たとえば、女子バレーボール日本代表の真鍋政義前監督と中田久美監督の指導はどう違うのか。AIを使って分析し、補助線を引いていけば、何か気づきを得られるだろうと思います。それぞれのスペシャリストがどう見ていたかを特徴として見いだし、それをうまく仕組みに入れ込んでいけば、より実りの多いAIになっていくはずです」
昨今ブームのように語られるAIだが、どこか言葉が独り歩きしている印象も否めない。誰の言葉に耳を傾けるか、どんな本を読むかで、イメージはまるで変わってくる。
筆者は『AIの衝撃』『よくわかる人工知能』の2冊を読み、さらに乙部の話を聞いて、「AIが人の仕事を奪う」という二項対立的な視点で語るのは不毛だと感じるようになった。
もちろんAIによって人の仕事がなくなることもあるだろうが、それはAIに限った話ではない。むしろAIという優れたテクノロジーを、使う側の人間がどう生かしていくかを考えるべきではないだろうか。
近年テクノロジーの進化が急速に進み、物事の新しい見方が提示されるようになってきた一方、スポーツの世界では使用する人間の思考が追いついていないようにも感じられる。
たとえば、野球の送りバントだ。マネーボールで有名になったセイバーメトリクス、つまり統計学の見方によると、試合序盤の送りバントは勝利するためには非効率的だとされている。
簡単に説明すると、1アウトを相手に自ら献上し、その後の攻撃がうまく回って1点とったとしても、1対0で勝ち切るためには投手陣が相手打線を完璧に抑えなければならない。それより無死1塁から打って出て、大量点を狙ったほうが勝利する確率は高くなる。
こうした考え方は、アメリカやセイバーメトリクスの浸透した世界では常識だ。もちろん試合終盤など、送りバントが効果を発揮する場面も存在する。
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しかし、日本では高校野球やプロ野球でも試合序盤から送りバントする作戦が非常に多い。
アメリカほどセイバーメトリクスが浸透していないことも要因にあるが、「走者が出たらまずは送る」と教えられてきたやり方を変えたくないのか、自分の信じてきたものを否定されたくないのか、旧態依然にすがった監督が少なくない。
バント自体を否定するつもりはないが、使い方をもっと議論するべきである。
いくらAIやテクノロジーが発達しても、活用の仕方は人間次第で変わってくる。だからこそ議論を深めるべきだと、開発者側の乙部も同意する。
「AIは勝つことや、最も効率的に試合を運ぶ目的にしか設定できません。一方、野球では勝つこととはまったく別の目的が出てくることもあります。たとえば送りバントをしないことで攻撃の効率が上がることに寄与するかもしれませんが、その1つのプレーでランナーが進んで試合が盛り上がったり、投手と打者の緊張状態が別の次元に行ったりすることもあります。そうなると、送りバントは人を成長させるためのエンジンになる可能性があると言えるわけです」
「スポーツを通じて人が何かを学んだり、達成する喜びや観戦する楽しさが試合というフィールドのうえに積み重なり、膨れてくるからスポーツには魅力があると思います。そこの部分までを含めて、AIがプロデュースするのはなかなかできません」
将棋や囲碁の世界ではプロの棋士がコンピューターソフトに敗れたように、人間がAIにかなわない部分は少なからず存在する。だからこそ、AIの使い方を議論していくことが重要になる。
「極論を言えば、車と人間が走るのでは圧倒的なスピード差がありますが、人間は100メートル走もマラソンも行います。それは単純に、自分の身体や精神をどう伸ばしていけるかというチャレンジです。スポーツには、そういう面白みがあります。私たちがそういうところをうまくプロデュースしていくために、まずはAIを使って試合について分析し、こうすればもっと面白くできますと言えるようになれば、すごくいいと思っています」